風の音楽メモ 2004

  

細川俊夫 音宇宙IX「回帰」 


2004.3.20

■細川俊夫作品集 音宇宙IX「回帰」
 FOCD3504  2004.20.21
 
fontecから発売されている細川俊夫の作品集「音宇宙」も
最初の『うつろい』からはじまって、この『回帰』で9作品目になる。
 
・ハープ協奏曲「回帰」ー辻邦生の追憶にー(2001)
・森の奥へ/児童合唱のための(2002)
・相聞歌/声、箏、チェロ、室内オーケストラのための(2201/2)
・想起/マリンバ独奏のための(2002)
が収められている。
 
広島生まれというのも影響しているのかもしれないが
音宇宙3には「ヒロシマ・レクイエム」、
全作の音宇宙8には「ヒロシマ 声なき声」という
「ヒロシマ」についての作品もある。
ぼくが広島に来てから4年と少しになるが
その「縁」についてもいくばくか考えてみることもあったりする。
実は、広島で細川俊夫のトーク&コンサートがあったにもかかわらず
その都度、都合がつかず出かけられていないのを
細川俊夫という作曲家の存在はぼくにとって
とても重要な位置を占めているだけに、とても残念に思っている。
 
今回のアルバムの解説(沼野雄司)に
細川俊夫の「近年の作品があまりにも穏やかな叙情に
収まってしまっているように感じられ」、
「何故、馴れ合いに満ちた日本の楽界に、
もっと刺激的で挑発的な音響を突きつけてきれないのか」
と、90年代の細川俊夫の作品について
「やや訝しく思っていた」と書かれていた。
 
ぼくが聞きはじめたのはすでに90年代になっていたので
そういう聴き方をとくにはしていなかったのだけれど、
作品を順を追って聴いていくと
なるほどそういう聴き方もできるのだなとも思える。
 
しかしそうした細川俊夫の変化というのは
むしろ「試み」であったという。
 
         考えてみれば20世紀後半の音楽、とりわけ前衛と呼ばれるそれは、
        厳しい「批判」と「否定」の音楽だった。あらゆる過去を、そして
        他者を否定することによって自らの創作の輪郭を定め、さらにはい
        かにして音楽史に辛辣な批評を加えることができるのかを競い合う
        こと。これが作曲家たちの使命であり、存在意義だった。もちろん、
        こうした考え方はいくつもの素晴らしい作品を生み出してきたし、
        現在もその有効性を失ったわけではない。しかし一方で、この過程
        の中で現代音楽は果てしなく業界内の「内輪うけ」を繰り返すこと
        になり、世界との関わりを喪失してゆくことになった。
         おそらく細川は、日本人としては初めてヨーロッパの現代音楽シ
        ーンの最深部まで関わった末にーーあるいは関わったがゆえにーー
        この際限のない批判ゲームから離脱する決意を固めたのではないか。
        そしてその帰結として、近年の作品では紋切り型の「現代音楽」的
        な匂いは次々に削ぎ落とされ、ほとんど無防備なまでのnaivityが
        聴き手に晒されることになったのではないか。紀尾井ホールの椅子
        に身を沈めて<相聞歌>のたゆたうような音響を聴きながら、私は
        そう確信するに至ったのだった。
         してみれば、実は細川俊夫の90年代の歩みは、大家然としている
        どころか、むしろ無頼にも近い、瑞々しい若さに満ちたものだと言
        わねばならない。批判的な知性を発動させることなく、あくまでも
        肯定の力で自らの音楽を紡ぐこと。現代にあっては極度に困難にな
        ってしまった課題に、この作曲家は果敢に挑んでいるのである。
 
そういえば、晩年の武満徹の音楽も
かつての厳しさにくらべわかりやすいものになってきていて、
そういわれる誤解に対して武満徹は悲しんでいたようだが
それにも似た運動が細川俊夫にもあるのかもしれない。
 
それは決して「批判的な知性」を否定しているのではないだろう。
たとえば、仏教においてかぎりない否定の果てに
肯定、一乗が現われてくるように、
「肯定」は「批判的な知性」によってはじめて
姿を現わすことができるのだろう。
しかし、仏教における「肯定」にしても
ともすれば安易な一枚岩の「肯定」に成り下がってしまいかねないように、
音楽においてもそういう一枚岩的な「肯定」にもなってしまいかねないだろう。
そこにおいて、細川俊夫の音楽を聴きたくなる衝動が
いったいどこに発しているのかがぼくのなかで少しだけ明らかになる。
武満徹の音楽が無性に聴きたくなる衝動もそれに似ている。
 
そういう意味において、
「批判的な知性を発動させることなく、
あくまでも肯定の力で自らの音楽を紡ぐこと」
というのは、むしろ「批判的知性を発動させることなく」というのではなく、
「批判的知性」ゆえにそれがみずからを乗り越えるために、
とでも言い換えたほうがいいのだろう。
 
いわば大衆的な音楽(JーPOPなど)ばかりを耳にしていると
どこかで自分のなかの「耳」が麻薬を繰り返すように鈍磨してくるが
おそらくそれはそれらの多くが一枚岩的な「肯定」の音楽に
過ぎないからなのではないだろうか。
そうした「批判的知性」をスポイルした音楽の麻薬性がそこにある。
まるで念仏地獄のような南無阿弥陀仏のようなもの。
本来は「批判的知性」を尽くした上で現出することになった
かぎりなくアバンギャルドな一遍の南無阿弥陀仏とは
本来似て似つかないようなものになってしまうトランスの地獄としての
ただの「癒やし」にも似た念仏地獄。
 
そういうなかにおいて、たとえ「肯定の力で自らの音楽を紡ぐ」としても
つねにそこに「批判的知性」の自己超克の運動が紡がれていることを
しっかりと聴き取ることのできる細川俊夫の音楽がある。
「回帰」というのは単なる同一性の回帰とは異なる。
 
ハープ協奏曲「回帰」のノートのなかで細川俊夫は
この曲の初演を前にした辻邦生の死に際して、こう記している。
 
        私はこのハープ協奏曲で、さまざまな葛藤の後に、人の魂がゆっくり
        宇宙と自然と一体化し、天上に昇っていくさまをイメージしていた。
 
重要なのは「さまざまな葛藤の後に」ということなのだろう。
ただ「一体化」するだけならこの「地上」の意味はないのだから。
そして「回帰」する必要もないのだから。
 
 


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