■アファナシェフ(ピアノ) ベートーヴェン:最後の3つのソナタ (ピアノ・ソナタ 第30番・第31番・第32番) 若林工房 WAKA4102〜3 録音:2003年10月27日 サントリーホール(ライヴ録音) 「今、何を捨てても弾きたいのがベートーヴェン」だという 内田光子のコメントが、2004年4月20付朝日新聞に載っている。 ソロ・リサイタルではベートーヴェン最後の三つのソナタ(第30〜32番)に 挑んだ。… 「これを演奏会で弾くようになって、ある瞬間にひらめいたんです。ここには 宇宙全体を見極めたような世界がある」 その世界に引き込まれると、「こんなすごい世界があるのに、なんで私はほか のことをするんだ」とさえ感じてしまう。 ・・・ 「ベートーヴェンという人は偉大で、恐ろしく強いんです。彼の世界には、地 獄にいて天国が見える強さがある」 ベートーヴェン最後の三つのソナタの素晴らしさを言葉にはしがたい。 「宇宙全体を見極めたような世界」ともいえるだろうし、 たしかに「地獄にいて天国が見える強さ」を感じとることもできる。 これまで一番印象に残っている演奏(CD)といえば、 ヴェデルニコフによる演奏だといえるかもしれないが、 たまたま今回、新譜で登場したアファナシェフのライブ盤を聴いている。 アファナシェフ・・・。 アファナシェフの演奏は、これまでひどくゆっくりとした演奏だという評以外 とくには関心を持たずにいたのだけれど、 先日、ちょうどDENONのCREST1000のシリーズの廉価版で シューマンのクライスレリアーナが収められているのを聴き、 思わず引きこまれてしまったのをきっかけに ブラームスの後期ピアノ作品集などを聴くうちに この新譜がでているのを知った。 この同じ若林工房からは、イリーナ・メジューエワの ショパン:スケルツォのアルバムも発売されている(WAKA-4101)。 (詳しくは、http://www.nice-tv.jp/~waka-kb/ を) これも何かの縁なのかもしれないと思い聴いてみているところで、 今日(4/20)付の朝日新聞の記事(上記)である。 アファナシェフについての評はとくに気にせず、 とにかく演奏にじっと耳を澄ませてきく。 たしかにテンポはとてもゆったりしているが、 ぼくにとってとくに不自然な感じはしない。 むしろ必然性を感じたりもする。 こういうときには、クラシックの正統が何なのかとかいうような そういう先入観というよりも知識がまるでないことは 少しはうまく働いてくれるらしい。 もちろんこの極めて文学的ともいえるありかたを 受け容れないときもあるだろうが、少なくとも今はぼくに近しい感じがしている。 CDについている、ながの・たかひと氏のノーツのなかに アファナシェフのコメントが紹介されているのが興味深かった。 私は、自宅から出ず人とも会わず、2ヶ月も3ヶ月も暮らすことがよくあります。 “引きこもり”ですね。そして、なるべく多くの時間を、思索することにしてい ます。その思索を経て熟成・発酵された音楽がコンサートホールを満たした時、 現代的な日常生活を送っている聴衆の世界観が変貌を遂げることを、私は目指し ています。 ぼくは、今できれば“引きこもり”したい時期に入っているのだけれど、 逆に毎日たくさん人と会わざるをえない日々となっている。 そういうときにもこういう演奏を聴くことで バランスをとることができる部分もあるのかもしれない。 それはともかく、「地獄にいて天国が見える強さ」がほしいと思う。 以前はベートーヴェンの音楽がよくわからなかったときがあったけれど、 今では、とても近しい、どころか「こんなすごい世界」が ぼくのなかで響きあっている確かなものを感じることが多い。 そのなかでも、この最後の3つのピアノ・ソナタは特別である。 このアファナシェフの演奏はそのなかでも新たな定番になりそうである。 内田光子の演奏もとても気になるけれど。 |
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