自然科学の諸問題との対決は、シュタイナーの著作においては、重要な場所を占めながら、しばしばほとんど注目されないような場所を占めています。
シュタイナーは、ウィーン工科大学での研究の間にも、専門として数学、自然史、化学を受講していました。その後まもなく取り組んだのが、「キュルシュナードイツ国民文学」のためのゲーテ自然科学論文(GA1)や同じ分野でのワイマールでのゲーテ文庫の共同研究(GA2,6,30)です。物理学の分野におけるシュタイナーの研究については、GA320と321の二巻にまとめられています。
しかしながら最初シュタイナーにとって重要だったのは、自然科学や精神科学といった伝統的な「境界」を克服することでした。この点がシュタイナーにとってどれほど重要だったのか、そして精神に貫かれた自然観照が、社会的な諸関係にもどのような影響を及ぼすのかにその後の講義録では共感を持って読むことができるでしょうし、特にGA325と326の二巻は、そうした観点の歴史的な発展に興味のある方にも役に立つのものと思われます。
*全集のなかのその他の関連書
・今日の科学の人智学による補完 GA73
・諸専門科学への人智学の実り豊かな働きかけ GA76
・文化及び科学を再生させる衝動 GA81
・西洋と東洋の対立 GA83
■GA326 世界史における自然科学の成立契機とその後の発展
第一自然科学講座:
光、色、音−物質、電気、磁気
Geisteswissenschaftliche Impulse zur Entwickelung der Physik,I
Erster naturwissenschaftlicher Kurs:
Licht,Farbe,Ton - Masse,Elektrizitaet,Magnetismus
1919年12月23日-1920年1月3日、シュトゥットガルト、10回の講義、付、議論投票、1921年8月8日、ドルナハ、テーマについての10ページの手書きメモ(書写)、及び自然科学の根本概念の本質についての文書による質疑応答(書写)
第二自然科学講座:
プラスとマイナスの物質の境界における熱
Geisteswissenschaftliche Impulse zur Entwickelung der Physik,II
Zweiter naturwissenschaftlicher Kurs:
Die Waerme auf der Grenze positiver und negativer Materialitaet
1920年3月1日-14日、シュトゥットガルト、14回の講義
Grenzen der Naturerkenntnis und ihre Ueberwidung
1920年9月27日-10月3日ドルナハ、最初の人智学大学講座での8回の講義と
この講義は、特にそれが科学者に適しているような人智学的認識の道について述べています。自然科学という学によって方向づけられた思考は、認識の限界に突き当たります。
そしてそれは、イマジネーション、イントゥイションへと認識能力を拡大することを克服することが求められています。その時歩まなければならない道が、深く詳細に述べられています。
第三自然科学講座:
人間及び人間学との関連における天文学
Das Verhaeltnis der verschiedenen naturwissenschaftlichen
Gebiete zur Astronomie
Dritter naturwissenschftlicher Kurs:
Himmelskunde in Beziehung zum Menschen und Zur Menschenkunde
1921年1月1日-18日、シュツットガルト、8回の講義
Naturbeobachtung,Experiment,Mathematik
und die Erkenntnisstufen der Geistesforschung
1921年3月16日-23日、シュツットガルト
8回の講義と「人智学自由大学」の枠組みでの討論の結果
シュタイナーはこの講義で、実験や特に自然の事実の数学的な処理という自然科学的方法で得られる事実を詳細に探究した上で、数学的な知識のアナロジーとして、またそれを継続させて、いわば認識の連続する階梯としてのイマジネーション認識を展開させています。
さらにその認識の階梯に関して、イマジネーション認識に続く認識としてのインスピレーション認識とイントゥイション認識について言及されています。この講義は、さらに精神科学の根本的な問いかけに関する方法論的な詳論がなされ人智学の社会的働きについての言及で閉じられます。
シュタイナーのアプローチは、科学を否定するものではなく、それをさらに拡大するものです。現状の科学の認識があまりに狭すぎるということから、それをさらに高次の認識において補完しなければならないというのです。そのために、シュタイナーはその認識の階梯について繰り返し言及し、さらに、それを社会から切り離すのではなく、人智学の社会への働きについても積極的なビジョンを展開しています。
Die vierte Dimension
Mathematik und Wirklichkeit
多次元空間に関する講義及び数学のテーマについての質疑応答の聴講ノート
1905年3月24日-6月7日、ベルリン、6回の関連講義、1905年11月7日、1908年10月22日、ベルリン、2回の個別講義、1904年〜1922年の質疑応答
この巻の第一部は、当時よく議論されていた四次元の存在についての一連の講義で構成されています。シュタイナーはこれらの講義で、全く原則的な観点から四次元とさらに高次の次元のテーマを発展させています。四次元の物体の幾何学についての詳細が講義の大要を占めています。
より大部を占める第二部は、霊的現実に対する数学的な概念及び表象の形成の関係についての質疑応答が集められています。空間の次元の問題と並ぶここでの重要テーマは、射影幾何学、光の速さ、原像と写像との間の流体幾何学、正の数と負の数、虚数と超虚数、コペルニクスの第三法則及び特にアインシュタインの相対性理論です。
これらの講義及び質疑応答は、単に専門的な関心からだけではなく、まったく人智学的な関心に由来するものですが、それはシュタイナーは基礎的な仕方で深く通底している諸関連に注目しているからです。
Die Naturwissenschaft und die Weltgeschichtliche Entwickelung
der Menschen seit dem Altertum
1921年5月15・16日、ドルナハ、1921年5月21日〜24日、シュトゥットガルト、6回の公開講義
この講義のライトモチーフとしてあるのは、古代以来の人間や民族の魂を理解する正確な認識がなければ、現代の自然科学の発展を包括的に理解することはできないという考え方です。
I.
4世紀における基点との関連における19世紀におけるヨーロッパの精神生活
・精神生活の転回点としての19世紀の中葉と15世紀以来のその準備
・民族移動の時代との関連における精神生活の発展
象徴的礼拝行動の発展について
宗教内容の制度化とその継承
II.
自然科学と古代からの人間の世界史的発展
・今日の概念で人類の歴史における以前の時代を理解し判断する困難さについて
イマジネーション認識とインスピレーション認識、
そして人間の魂把握におけるその到達点
・歴史研究における古代文化の深い理解のために用いられる方法論
・人間及び外界を広く理解することと関連したイマジネーションとインスピレーション
民族の霊的理解
意識魂の時代における概念の影の世界
・南ヨーロッパ、北アフリカ、西南アジアの民族の4世紀における意識の変化
東ヨーロッパの影響
以前に比べれば、科学という方法を普遍化するのではなく、それが歴史的に形成されたパラダイムにおける特殊な認識形態であり方法であるという考え方が強調されるようになってはきていますが、シュタイナーは、現代においてようやく得られるようになった視点を先取りしているとともにさらにずっとそれを神秘学的に展開させているのだといえます。
ですから、現代日本でいえば村上陽一郎や中村雄二郎などといった方々の著作とシュタイナーの認識論を併せて読んでいくことで、現代と未来の認識にとって必要なアクチュアルな視点が得られるのではないかと思います。
Der Entstehungsmoment der Naturwissenshaft
in der Weltgeschichte und ihre seitherige Entwickelung
1922年12月28日〜1923年1月6日、ドルナハ、9回の講義と2つの質疑応答
これらの講義は、自然科学に関する過去の特別講座(GA320-323)で扱われた諸問題や研究諸課題に関連した内容になっていますが、自然科学をより深く根本的に全人間的に考察するものとして方向付けられています。
「これらの講義は、自然科学に敵対するためになされるべきではなく、新たな時代の豊かな自然科学研究の在り方から精神生活への萌芽を見出すという目的と意図からなされなければなりません。」(ルドルフ・シュタイナー)
このシュタイナーの言葉からもわかるように、シュタイナーは自然科学という認識の方法論を否定したのではなく、それをさらに発展的に包括できるような認識方法を精神科学に求めたのだといえます。