さて、以上、完結した線、完結した発展潮流の、上昇及びいくぶんかの下降とでも申し上げたいものを見てまいりましたが、今度はその性質上まったく偉大なもの、つまりディジョンのカルトゥジア会修道院の一連の彫刻作品を鑑賞してみましょう、これらは十四世紀末から十五世紀初頭にかけて作られ、ネーデルラントのクラウス・スリューテル[Claus Sluter]及びあるいは彼の指導のもとに仕上げられたものです。これらの人物像すべてに見てとることができるでしょうが、ネーデルラントからこのディジョンのカルトゥジア会修道院のなかに、真に個性を際立たせる特徴づけがまったく比類のないしかたで流れ込んでいるのです、そのため、個別化(個性化)するもの[das Individualisierende]、つまり魂から特徴づけて個別化するものが登場するのを、きわめてさまざまな面から見ることができます。
まず最初は、カルトゥジア会修道院の表玄関です。
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393 クラウス・スリューテル |
この表玄関のいくつかの人物像です。
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394 クラウス・スリューテル 聖母子 |
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395 クラウス・スリューテル |
まさにこれらのいたるところに見出せるのは、この個性を特徴づける技術です、この同じ人物の、聖母子をこのように特徴づけすることのできる能力を、すぐ次にお見せしますものと、
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397 クラウス・スリューテル |
彼が今度はモーゼをどう特徴づけているか比較してごらんになるとき、みなさんに注意していただきたいのは、このディジョンのカルトゥジア会修道院が1383年から1388年に建てられたこと、つまりこれは十五世紀の初頭--1400/1401--だということです。ですからこういうものを一緒に並べてならないわけがあるでしょうか、と申しますのは、十五世紀初頭のこのモーゼを、たとえばミケランジェロのモーゼと一緒に並べることができるからです。
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398 174 モーゼ |
スリューテルの仕事をさらにいくつか見ましょう。
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399 クラウス・スリューテル |
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400 クラウス・スリューテル |
このような個性化に至るほど預言者たちの姿を共に体験することは、申すまでもなく何かまったく驚くべきことです。ここで《イザヤ》を取り出してみましょう。
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396 クラウス・スリューテル |
次も同じ芸術家による-- 少なくとも一部は彼の手になる-- ものです。
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401 クラウス・スリューテル |
この時代は全般に墓碑の制作に非常に優れています。まずこれで概観をとらえてから、上部の詳細をごらんいただきましょう。
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402 クラウス・スリューテル |
次もごらんのとおり、前の作品では台座に小さく現れていた個々の人物たちが、ひとりひとりほんとうにすばらしく仕上げられていますね。
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403 クラウス・スリューテル |
このように個性的に特徴づけられてこれらの人物ひとりひとりが台座の回りに作り上げられているのです。
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404 クラウス・スリューテル |
さて今度は--スライドの画像に合わせてお話ししていかなくてはなりませんので-- 十五世紀前半の芸術家に移りましょう。よく考えてみてください、結局いろいろと見てまいりましたが、私たちが関わりを持ったのは十四世紀から十五世紀の転換期のひとりの芸術家でした。今度は私たちは十五世紀に入っていきます。《ケルンのマイスターたち》と、1400年頃これらの群像を焼いた粘土のなかに作り出した《粘土像のマイスター》の作を見ることで、私たちは十四世紀末に至ったのでした。
さて、十五世紀をさらに進んで、ハンス・ムルチャー[Hans Multscher]まで行きます。彼についてはまず《聖母(マドンナ)》があります。
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405 ハンス・ムルチャー 聖母 |
同じくムルチャーの作で、
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406 ハンス・ムルチャー 聖ゲオルク |
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407 ハンス・ムルチャー 聖フローリアン |
両方とも十五世紀なかばのシュテルツィングの救貧院教会のものです。
こうして私たちは、私が特徴づけましたキリスト教的モチーフの内的ー魂的育成という点においてさらに進んでいきます。そして、ミュンヘン近郊のブルーテンブルクにある十五世紀末の木彫り人物像に行き着きます。
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408 マティーアス[Matthias](マタイではなく) |
ここでは実際特徴づけの技量が途方もないまでになっています。
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409 マリア |
410 使徒トマス |
つまりこれは、ラファエロ、ミケランジェロが生まれた時代です。
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411 ヨハネ |
以上はすべてブルーテンベルクのものです。
この時代、つまりこれほど個性を表現する人物像を生み出したほかならぬこの時代は、教会の内陣座席のための木彫りの仕上げにおいても優れていました。これについても、十五世紀末のミュンヘンのフラウエン教会からサンプルをお見せしたいと思います。
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412 バルク、マルコ、ヨブ |
今度は、十五世紀末に活動した別の芸術家に移りましょう、一連の《ローゼンクランツ》の木彫師、ティルマン・リーメンシュナイダー[Tilman Riemenschneider]の作品に。
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413 ティルマン・リーメンシュナイダー アダム |
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415 ティルマン・リーメンシュナイダー アダムの頭部 |
つまりこれも、イタリアではまだ盛期ルネサンスが始まっていない頃のものです。こういうものは1493年頃に制作されました。
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414 ティルマン・リーメンシュナイダー エヴァ |
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416 ティルマン・リーメンシュナイダー エヴァの頭部、 |
現在ニュルンベルクのゲルマン博物館にある聖エリザベツ像は、
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417 ティルマン・リーメンシュナイダー 聖エリザベツ |
十六世紀初頭に制作されました。
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418 ティルマン・リーメンシュナイダー 聖母子 |
これも十六世紀初めのものです。
そして同じ芸術家の作です。
ミュンヘン、民族博物館 | ||
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419 ペテロ |
423 ピリポ |
427 マティアス |
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420 小ヤコブ |
424 バルトロマイ |
428 シモン |
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421 ユダ タダイオス |
425 ヨハネ |
429 マタイ |
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422 アンデレ |
426 大ヤコブ |
430 トマス |
これらの十二使徒ではすばらしいタイプが勢揃いしており、どの頭部もひとつひとつ研究したいほどです。
さて、十五世紀末、十六世紀初頭に属する芸術家ファイト・シュトース[Veit Stoss]のサンプルをもう二つお見せします、彼はクラカウと南ドイツで、きわめてさまざまな素材に彫刻作品を表現しました。
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431 ファイト・シュトース マリア祭壇 |
別の群像は《天使祝詞》を描写していて、
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432 ファイト・シュトース 天使祝詞 |
これはニュルンベルクのローレンツ教会にあります。
さて今度は、絵画作品をもう数点、画家ハンス・バルドゥング[Hans Baldung]の作品からみなさんにお見せしたいと思います、彼はハンス・グリーン[Hans Grien]の名でも知られていて、十六世紀初頭--1507年頃から1509年まで-- デューラーの工房で働きました。
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327 ハンス・バルドゥング・グリーン 逃避中の休息 |
彼はたいていの場合絵を描きましたが、それらは絵画の分野で十六世紀初頭に、まさにそのときにも同様の意味で魂化[Verseelung]が起こったことを示すものです。
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329 ハンス・バルドゥング・グリーン 磔刑 |
ハンス・バルドゥング-- ハンス・グリーン-- は、非常に優れた肖像画家でもありました。
これはそのサンプルですが、
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328 ハンス・バルドゥング・グリーン 老人の頭部 |
このマイスターの場合、肖像の技量がどのように育まれたか、ごらんになることができるでしょう。彼はデューラーの弟子で、のちにシュトラースブルク、そしてフライブルク・イム・ブライスガウに住み、キリストとキリストの母の生涯についてすばらしい図版を制作しました。彼の絵画《十字架上のキリスト》はバーゼルでも見ることができます。
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330 ハンス・バルドゥング・グリーン 十字架上のキリスト |
これらの絵をちょうど十六世紀の初頭に置くことができますね、ラファエロ、ミケランジェロがローマにいた時代です。
絵をたくさん集めれば集めるほど、よくわかると思いますが、アトランティス後第四時代と第五時代とのこの境目の時期に、南ヨーロッパの芸術と北ヨーロッパの芸術とのこの関係によって私たちに示されるのは、どんな飛躍が起こったのかということ、そして、文化は当時、関連するすべてをともなって、悟性魂あるいは心情魂から発して意識魂の文化へと入り込んでいった、という単純な命題が、いかに豊かであるかということでしょう-- この命題は実際非常に豊かなものであり、こういうことをよく知ることができるのは、人間の現存の個々の領域においてこういうことを観察するときのみだということがよくわかるでしょう。