シュタイナーノート 61-70

2000.8.10-2001.5.30


61●地上の積極的な意味

62●隈本有尚

63●魂のゲーテアヌム

64●光の体験

65●四大元素霊の解放

66●時間

67●聖杯

68●意識魂と悪

69●西洋と東洋/幽霊と悪夢

70●魂の変遷を踏まえること

 

 

シュタイナー・ノート61

地上の積極的な意味


2000.8.10

 

「精神科学が世間に広まることによって、生者と死者を隔てる壁がだんだんなくなっていく」と、私たちは期待できます。将来、人々が単に理論的にではなく実践的に、「死というのは一つの変化にすぎない。私たちは死者とともにいるのだ」ということを知るようになると、それは精神科学のすばらしい成果になります。自分が物質界における生活において体験することがらに、死者を関与させることもできるのです。(…)

死者が精神世界のなかに生きており、精神世界を眺めることができるとしても、必ずしも精神世界のことをよく知っているわけではありません。精神科学についての知識は、地上においてのみ獲得されるものなのです。地上においてのみ獲得されるものであって、死後の精神世界においては獲得できません。精神世界の本質は、地上での経験をとおして知られねばなりません。「精神世界のなかにいて、精神世界を見ることはできても、精神世界に関する知識は地上において獲得されねばならない」というのが、精神世界の大きな秘密なのです。

(…)

「精神世界の存在たちは書物を読めない」と、申し上げました。私たちのなかに精神認識として生きているものは、死者および死後の私たちにとって、物質界の人間にとっての本と同じものなのです。本をとおして、物質界の人間は世界について、さまざまなことを知ります。死者にとっては、私たちという生きた存在そのものが書物なのです。「私たちは死者のために読書しなければならない」という言葉の重要さを感じてください。私たちが精神世界では目に見えないもの、つまり物質的な思考に満たされていると、死者のための読書のさまたげになります。「私たちが死者たちに与えるものを、死者自身が知ることはできないのか」という質問をしばしば受けるので、このようなことを私は語らねばなりません。死者は、自分で知ることができません。精神科学は地上でのみ構築できるもの、地上から精神世界にもたらせるものなのです。

(シュタイナー「死者との交流(一)」「精神科学から見た死後の生」所収/風濤社/2000.7.20発行/P138-140)

 人間は死んだらそれで終わりであるというとらえ方があり、そこまで断定的ではないにしても、死後についてはわからないというとらえ方がある。なぜそうしたとらえ方をするかといえば、人間を肉体と同一視するからにほかならない。

 また、この地上世界はマーヤであり、あるいは牢獄であって、死後の世界にこそ、真実があるというとらえ方がある。その場合、極端にいえば、自殺のすすめになってしまう。罪ゆえに地上世界に落とされたというようなこと以外に、この地上世界の意味がわからないからだ。

 さらに、死後の世界も生前の世界とまったく同じであって、同じような生活が営まれているというようなとらえ方もあり、その場合もまた、地上世界の意味がわからなくなってしまう。

 生と死は断絶しているのではなく、「一つの変化」にすぎない、ということを認識するとともに、この地上での生と死後の世界の違いについても認識する必要がある。それは、なぜこの地上世界での生があるのかという問いを持ち、それに答えるということでもある。

 生と死が「一つの変化」にすぎない、というのは、人間の真我においては変化しないが、いわばそれがまとう衣に変化があるとでもいえようか。海にもぐるにあたって身に付ける潜水服のようなものを人間は生まれるにあたって身に付ける必要があるというわけである。

 しかし、そのたとえだけでは、その潜水服の積極的な意味がわからなくなってしまう。

潜水服を身につけて経験することがかけがえのないものであるという視点が必要である。海の底には、かけがえのない財宝が眠っていて、真我においてだけでは、人間はその海の底にもぐっていけないから、潜水服やアクアラングなどの装備が必要になってくるとでもいえようか。しかも、その潜水服やアクアラングは、海にもぐる経験を積むに応じて、その性能を増していくという特性があったとしようか。それによって、海の底の財宝はますます多く収穫することができるようになる。

 その財宝が、この引用でいえば、「精神科学」である。それは、海の底に潜ってみずからがそこから得ることではじめて、死後の世界にもたらすことができる財宝にほかならない。そこに、地上の物質世界の存在の大いなる秘密がある。「精神科学」がたんなる「心の教え」ではなく、物質そのものへのアプローチが重要であり、そこにはキリスト衝動が深く関わっているという認識が不可欠であるというのも、その秘密に関わっているということだと思う。

 

 

シュタイナー・ノート62

隈本有尚


2000.10.26

 

 日本のシュタイナー受容の歴史に関して、そして、現在のシュタイナー受容に関して一石を投じるであろう非常に重要だと思われる著作ができましたので、取り急ぎご紹介します。

 著者は、知る人ぞ知る(というのも大げさか(^^;))人智学出版社の代表である加西善治さん。

■加西善治「『坊っちゃん』とシュタイナー/隈本有尚とその時代」(ぱる出版/2000.10.24発行)

 加西善治さんが、隈本有尚(くまもとありたか)の名前をはじめて知ったのは、1975年に、神田の古書店で隈本有尚の「スタイネルの人格観」(『丁酉倫理会倫理講演集』大正十五年八月号)を手にしてからのこと。

 隈本有尚という名前はぼくも初耳だったのだけれど、ほとんどシュタイナーと同年代の1860年生まれ。明治36年(1903年)から翌年(1904年)にかけて、洋行したときに、シュタイナーと出会い、深く影響されたらしく、おそらくその後、同時代にあってリアルタイムのようなかたちで、シュタイナーの著作や講演などを読んでいたようです。しかも、おそらくシュタイナーとも交流があり、シュタイナーの講演のなかにでてくる「東京」や「日本」という表現にも、この隈本有尚ということが念頭にあったことも多かったのではないかと思われます。

 この隈本有尚は、明治14,5年頃、夏目漱石や正岡子規に幾何学を教えたこともあるようで、夏目漱石の『坊っちゃん』にでてくる「山嵐」のモデルにもなっているようです。

 本書を読むと、隈本有尚がいかに総合的にかつ深くシュタイナーの精神科学を理解していたかがよくわかりますし、その後の日本でのシュタイナー受容が、これだけめぐまれている状況にありながらいかに偏っているのかもよくわかります。

 たとえば、シュタイナーの教育に関する示唆に関しても、

しかし、隈本は、シュタイナーの教育実践に精通していながら、ここではヴァルドルフ学校の教授法を(…)そのまま日本に紹介することはしていない。なぜなのか?それは隈本がこの教授法は中欧人の特質を前提にしていることを知っていたからである。(P207)

 というように、シュタイナーの示唆を深く理解しながらも、それを教条的に受け取るような浅薄な態度をもっていなかったことがわかります。

 また、シュタイナーの精神科学とブラバツキーの神智学に関しても、その違いを混同したり倒錯的に理解したりもしていなかったようですっし、仏陀からキリストへという明確な方向づけにも明確な認識があったようです。社会論に関しては、時代の暗雲のなかで深い認識をもっていたようですし、医学などに関しても深い理解をもっていましたし、天文学及び数学を専門としていただけに、その観点の重要性から出発していました。

 隈本有尚はシュタイナーの死後、人智学という名称を一切用いなかった、ということも注目が必要なところではないかと思われます。つまり、重要なのはシュタイナーの精神科学による示唆であって、協会の権威だとか正当性だとかいう組織なのではないということです。

 こうしたすべてのことにおいて、現在の日本におけるシュタイナー受容のあり方を根本からとらえなおさなければならないであろうことを深く示唆しているのではないかと思われるだけに、本書はとてもタイムリーに刊行されたものだといえます。なにより、隈本有尚という人物の存在を知ることができただけでも、とても勇気がでてきます。

 余談ですが、森鴎外も、エドゥアルト・フォン・ハルトマンの関係からシュタイナーの「19世紀の世界観と人生観」(のちに「魂の謎」に改題)を読んでいたようです。そういう意味でも、明治から現代までの時代にしても、別の視点から見直してみることも今だからこそ必要なのだと思います。ちょうど、網野善彦さんの「『日本』とはなにか」なども刊行されたように。

 

 

シュタイナー・ノート63

魂のゲーテアヌム


2000.12.3

 

 1918年のドイツの破局、そのわずか五年足らずのちのゲーテアヌムの消失、この二回の破壊に対してシュタイナーがとった態度は同じであった。彼は破壊をもたらした原因を外に追求するのではなく、内部に洞察しようとした。

 中部ヨーロッパ世界が、新しい社会の萌芽を内部から育てようとしなかったことに対する深刻な内省から、社会三分節化運動をはじめたように、シュタイナーは、燃え尽きたゲーテアヌムの廃墟からふたたび何ものかを立ち上げるためには、崩壊の真の原因を、敵対勢力のテロのせいにするのではなく、人智学協会内部に見なければならない、と認識したのである。

 人間には、どうしようもない悲しい宿命がある。理想を求める人は、はじめ心熱く集うのだが、しばらくすると、その理想で人を切りはじめ、冷え冷えとした傷心をかかえてバラバラになり、そして、寄り添う前よりももっと深い孤独に、一人ひとりが落ちていくのである。人智学協会も例外ではなかった。

(小杉英了「シュタイナー入門」ちくま新書/P210-211)

 依存、投影といった外に求めるあり方は、建物のつっかえ棒が外されるような仕方で崩壊へと向かう。そしてその崩壊の原因も往々にして外に求められがちである。

 しかし、崩壊を導いた悪は、みずからの内に求めなければならないだろう。そうしない限り、悪を認識することはできず、常に自分の外に投影しつくりだしてしまった妄想に対して、ドン=キホーテのように立ち向かっているようなものである。そうすることで、悪はますます悪になっていき、悪に閉じこめられてゆく。

 理想が依存、投影に向かうとき、それは容易に党派的になる。組織のための組織というふうに、党派が自己目的化してしまう。理想もみずからの内で自由において育ちつづける理念でない限り、理想が妄想となり、その肥大していく妄想を悪とみなし、それをファナティックな剣で切り続けるようになってしまう。熱が真の熱ではなく、人を焼く炎になってしまうのである。そしてその炎は、やがてみずからを焼き尽くし、破壊へと至ることになる。

 各専門分野の中心人物たちは、自分の活動の発展に気持ちが集中した。自分の分野こそ、シュタイナーの理想をもっとも本質的に実現しつつある、という自負心は、一人ひとりにとっては純粋な動機となったが、他の分野との協調を阻害した。自分の主観的な熱意を越えて全体を見渡すという、バランス感覚の持ち主は少なかった。

 部門間に、冷たいものが流れ出した。シュタイナーに対する尊敬と愛情に発したものが、いつの間にか、嫉妬の臭いがする主導権争いに変わっていった。力のある者は、確信に満ちて人を切りはじめた。力のない者は、陰で噂の棘をばらまいた。

 それにもまして大半の人は、どうしようもなく受け身だった。新しい分野が開かれるたびに、部門から部門へ流浪する人は跡を絶たなかった。自分が 何をしたいのかもわからず、ただ新しいものに飛びつきたがった。現実感覚を喪失し、甘い汁だけにむらがり、労苦を厭い、そのくせ、あちこちで仕入れた噂を無責任にまきちらす活動にだけは、異常なほど積極的だった。

 誰も真剣に『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』を読んでいないのだった。他者の尊厳を守るために、みずからの魂を耕そうとする人間が、これほどまでに少ないことが、魂の共同体の礎を破壊したのだ。ゲーテアヌム再建の場が、党派根性と内部分裂の劇場に変貌しようとしていた。一つの理想が奪い合いの対象となり、千々に引き裂かれていった。魂のゲーテアヌムに火を放ったのは誰か、もはや明白だった。

 1923年を通して、シュタイナーは何度も警告を発した。必要なときには、身を切るような怒りと凍るような沈黙でもって、人々の覚醒をうながそうとした。建て直すべきは、物質の建造物ではない。あなたの魂の中に、他者の尊厳が再建されなければならないのに、どうしてそれがわからないのか!

 荷物をまとめ、人智学協会と縁を切り、すべてを捨てて、ドルナハを去るべきではないかーー。この時期、シュタイナーはそう思い詰めるところまで苦悩した。彼に残された時間は、わずかだったのである。(P212-213)

 小杉英了さんが、このように「魂のゲーテアヌム」について語っているのは、おそらく現在の日本の人智学運動とされるものの現状とだぶらせて語っているのではないかと思いながら、この箇所を読んだ。

 おそらくこの問題は、党派意識のなかに埋もれてしまいがちなとき、常に立ち返らなければならないものだと思う。「今、私は魂のゲーテアヌムに火を放ってしまっているのではないか」と。自分こそが、自分たちこそが、「シュタイナーの理想をもっとも本質的に実現」しようとしているのだ、人智学の「理想をもっとも本質的に実現」しようとしているのだ、という思い込みを持っているとき、その「火」はもっとも燃えさかっているのだ、ということに気づかなければならないのではないだろうか。

 シュタイナーのように、みずからを常にふりかえり、「原因を外に追求するのではなく、内部に洞察しよう」とすること。「魂のゲーテアヌム」のなかに放たれている「火」にと向かうこと。そのことを抜きにして、「魂のゲーテアヌム」は存在しえないのだと思う。

 もっとも、それ以前の「魂のゲーテアヌム」のそもそもの不在は、空虚以外の何ものでもないのだけれど・・・。

 

 

シュタイナー・ノート64

光の体験


2001.1.14

 

 「あなたは光が見えますか」と質問すると、多くの人が「私は、確かに光を見ている」と答えることでしょう。

 この答えは、たいへん間違っています。実際は、肉眼が光を見ることはありません。「私は光を見ている」と語るのは、まったく間違っています。人間は光をとおして、固体・液体・気体状の対象を見ますが、光そのものを見ることはありません。

 全宇宙空間が光に照らされている、と考えてみてください。光源は、みなさんには見ることのできない、みなさんの背後にあるとしましょう。みなさんは、光に照らされた宇宙空間を見ます。そのとき、みなさんには光が見えるでしょうか。みなさんには何も見えないでしょう。くまなく照らされた空間のなかに、何らかの対象物が置かれると、みなさんはそれを見ることができます。人間は光を見るのではなく、光をとおされ、固体・液体・気体を見るのです。ですから、実際のところ、物質的な光は肉眼では見えません。

(シュタイナー「天使たち 妖精たち」西川隆範訳/風濤社/2000.11.30発行/P165-166)

 光を見ることはできない。見ているのは、光に照らされた対象物である。光の照らす対象物がないと闇にしか見えない。

 宇宙空間が光に満ちていても、星たちという対象物がないと、私たちの目には宇宙空間は闇に閉ざされているように見える。

 だから、今私たちの目にしている光に満ちた世界も、光そのものを見ているというのではない。

 闇は光の不在というふうに語られることがあるが、そのことを考慮するならば別様にも考える必要がある。もちろん対象物があったとしてもそれを光で照らさなければ闇のままなのだが、対象物が不在であるときにも私たちにはそれは闇なのである。

 そういう意味では、私たちが光を体験するということにおいては、同時にそれは光と物質が織りなされているということでもあるのだろう。物質は光になろうとしている、という言葉があるが、物質はある意味では光の供犠でもあるのだとしたら、光は物質が本来光であることをつかのま照らし出しているということなのかもしれない。

 また、光そのものを見ることはできないということは、光はみずからが供犠を捧げ自らを空しくすることで、光の役割を果たしているのだということができないだろうか。眼がみずからを供犠に捧げることで、私たちが見るという体験を可能にするように。もし眼がみずからを主張するとしたらどうだろうか。

 さて、光そのものを見ることができないということのアナロジーとして自我ということを考えてみるとどうだろうか。自我はこの物質的世界があることによって、それに照らされる形で自我の体験を可能にするのではないだろうか。もちろん「私は私である」のだけれど、その萌芽を形成し、それを育てていくためには、この物質世界を必要としているということ。でなければ、「私は私である」という種があったとしても、対象物のない宇宙空間のような光のようなもので、その体験を深めていくことができない。

 そういう意味でいえば、通常の物質世界においでのみ機能する「自我」は、物質世界に反射したかたちでの「自我」にすぎないのだといえよう。パソコンのディスプレイでの表現を物質世界だと考えるならば、パソコンに向かってキーを打ち、そのCPU等を使うことなくしては、キーに向かっている人間の表現が可能にはならないというようなものである。プラトンの洞窟の比喩というのもそれに似ていたりする。

 

 

シュタイナー・ノート65

四大元素霊の解放


2001.1.14

 

 私たちの周囲を見てみましょう。まず、固い石を見てみましょう。そして、水の流れを見てみましょう。水が蒸発して、霧が昇るのを見てみましょう。空気を見てみましょう。固体・液体・気体、そして火を見てみましょう。そうすると、そこには根本的に、火以外のものは何もありません。すべては火なのです。ただ、凝縮した火です。金も、銀も、銅も、凝縮した火です。すべては、かつて火であり、火から生まれたのです。しかし、このように凝縮したもののなかで、精霊が魔法にかけられて、身動きできないでいます。

 私たちの周囲にいる神的・霊的存在たちは、どのようにして地球上で固体を発生させ、液体・気体を発生させているのでしょうか。神的・霊的存在たちは、火のなかに生きる元素霊(精霊・妖精)たちを下方に送り、空気・水・土のなかに閉じこめます。元素霊たちは、神的な創造者たちの使者です。最初、元素霊たちは火のなかにいます。火のなかで、元素霊たちは居心地良く感じています。それから元素霊たちは、いわば呪いをかけられ、魔法をかけられて生きることになります。

(…)

「私たち人間は、これらの元素霊たちのために、何を行なえるか」。

(…)

魔法にかけられている者たちを解放するために、私たちは何かを行なえるでしょうか。行なえるのです。

 私たち人間が物質界で行なうことは、霊的な経過の外的な表現にほかなりません。私たちが行なうことは、神霊世界に対しても意味を持ちます。

 つぎのような例をあげてみましょう。

 ある人が、水晶あるいは金のまえに立っているとします。その人は、その対象物を見つめます。人間が単に肉眼で外的な対象物を見つめると、何が起こるでしょうか。そのとき、魔法をかけられた元素霊たちと人間とのあいだに、絶えざる相互作用が生じます。魔法をかけて物質のなかにいる妖精たちと人間とが、たがいに何かを行なうのです。

 ある人が、ただ対象物を見ているとしましょう。その人は、自分の目に映るものだけに注意がひかれています。そのとき、何かが絶えず、元素霊から人間のなかに入ってきます。早朝から夜まで、魔法をかけられた元素霊から、何かが人間のなかに入っていきます。みなさんが世界を知覚するとき、周囲から絶えず、魔法にかけられた元素霊の一群が、みなさんのなかに入ってきます。それらの元素霊は、世界の凝固過程をとおして、絶えず魔法にかけられています。

 対象物を見つめる人間が、その対象物について考えようという気持ちを持たず、自分の心魂のなかに事物の霊を生かそうとしない、としてみましょう。安楽に世界を生きて、何も精神的に消化しないとしましょう。理念をもたず、感情を持たず、ただ周囲の物質を見るだけの人間です。そうすると、元素霊(精霊・妖精)たちはその人のなかに入り、その人のなかに居座ります。これらの元素霊たちは、世界の経過のなかで、外界から人間のなかへ下ったことにしかなりません。

 逆に、その人が外界の印象を精神的に消化する人間、世界の霊的根底について、理念・概念をもって表象を形成する人間だとしましょう。単に金属を眺めるだけでなく、その本質について考え、その美しさを感じ、印象を精神的なものにする人です。この人は、何を行なうのでしょうか。この人は外界から自分のなかに流れ込んできた元素霊たちを、自分の精神的な経過をとおして解き放つのです。この人は元素霊たちを元の場所へと昇らせ、魔法から解き放ちます。

(シュタイナー「天使たち 妖精たち」西川隆範訳/風濤社/2000.11.30発行/P169-172)

 火あるいは熱は、魔法をかけられて低い存在領域に濃縮され、空気となり、液体となり、固体となる。四大元素霊たちはそのように魔法にかけられることで、供犠を捧げているのだということができる。

 私たちはそうした供犠を捧げた四大元素霊に囲まれて生きている。私たちそのものの身体性においても同様である。もし世界を単に唯物論的にとらえることしかしないならば、「私たち人間は、これらの元素霊たちのために、何を行なえるか」という視点を持つことは不可能になる。「自然を征服する」というような、主客を絶対化した即物的な発想しかでてこないだろう。

 その発想の裏返しにあるのが、ある意味ではグノーシス的な地上的なものを蔑視してしまうあり方ではないだろうか。地上的な物質だけがすべてだと思い込んでしまうか、この地上的な物質にとらわれることをどこまでも厭うか。

 そのどちらも魔法にかけられ供犠を捧げている四大元素霊たちの働きに気づかず、それらの存在たちをますます閉じこめてしまうということができる。

 アニミズムといわれるような自然崇拝的な方向性は、古代的な仕方で、そうした四大元素霊を解放するためのシステムをそのなかに有していたのだということができるように思う。日本で古神道といわれているものなども、そのシステムを生かしていて、それをさまざまな形で継承している日本のさまざまな風俗・習慣のなかにもそれはまだ色濃く残っている。

 八百万の神というなかには、そういう四大元素霊も含まれているだろうし、山や石などをご神体としていたり、また自然のあらゆる存在を、針などにいたるまで、「供養」ということで解放するシステムなどもっていたりするのをみても、「私たち人間は、これらの元素霊たちのために、何を行なえるか」という視点を持っていたのだということがわかる。

 しかし、その古代から継承されたあり方の重要性を再認識するためには、それらを現代的な仕方で再認識していくあらたな神秘学的な観点を持つことが必要なのではないだろうか。でなければ、古神道的なシステムを先祖帰りさせてしまうだけになるだろうし、それが現代の唯物論的な世界観と合わさって、それとしらずに非常にアーリマン的なありかたになってしまう危険性を孕んでいる。しかし、やはり地上的なものを無常なものとみなし、自然というかたちであらわれているこの魔法に満ちた世界を厭うだけでは、また単なるグノーシス的なあり方に退行してしまう。

 西欧においても、プラトン的なあり方とアリストテレス的なあり方が、ある意味では対抗してきたというのも、その両者を神秘学的な観点から統合していかなければならないというきわめて現代的な課題がそこにあらわれていると見る必要があるのだと思う。自然科学はアリストテレス的な方向性が展開している側面もあるだろうが、その危険性を云々し、プラトン的な方向性に転換するとかいうのではなく、シュタイナーのいうように、自然科学を精神科学的に拡張させていくということがこれから大きな課題になってくるのではないだろうか。

 そういう意味では、自然科学においても、やはり「私たち人間は、これらの元素霊たちのために、何を行なえるか」という観点を導入していかなければならない。その基本は、私たちひとりひとりが、私たちの周囲にあるあらゆる存在に対して、それらをただながめるのではなく、それらについてちゃんと考え、その美しさなどをいきいきととらえることができるかということが課題になる。芸術的な感受性の必要性ということもそこには自ずからでてくる。もちろん、みずからの身体等の「養生」という視点も必要になる。

 私たちに働きかけてきた四大元素霊が解放されないと、私たちが再び受肉してくるときにその解放されない四大元素霊たちとともにあらたな地上世界を形成することになるというが、「次代に何を残すか」ということに関しても、それを即物的に考えるのではなく今自らの四大元素霊に対する態度ということから発想していくことが何よりも重要であるということができるのだと思う。

 

 

シュタイナー・ノート66

時間


2001.5.6

 

 時間というのはいったい何なのだろう。その不思議さにとらわれはじめたのは、中学生の頃のことだった。講談社のブルーバックスのなかに、相対性理論などを紹介しながら時間について示唆しているものなのがあったりして、わからないながら、ああなのだろうか、こうなのだろうか、と、自分なりに考えようとはしていたのだけれど、これといって納得できる仕方で理解できるにはほど遠かった。

 時間が流れるという表現から、時間を川の流れのようなイメージでとらえ、川に遡って泳いでいくならば時間を遡ることができるのだろうか。タイムマシンでもよくいわれるタイムパラドックスの問題はどうなるのだろうか。光速に近づけば時間がゆっくり流れるというのはいったいどういうことだろう。光速よりも速く地球から遠ざかっているといわれる、永遠に目にすることができそうもない星々のことなどを考えたり、ビッグバンのことをイメージしようとしてみたり、時間の経つのも忘れて想像力を駆けめぐらせていた頃のことは今もよく憶えている。

 その後、比較的最近になって、時間と意識の関係について、「永遠の今」ということを考えたりもするようになり、また、たとえば東理論などを通じ、少しだけ時間についてとらえなおしてみることができるようになってきたように思う。つまり、それまでは「時間」というのものを対象的に、いわば自分とは無関係に外に存在するもののようにしかとらえることができずにいたのだけれど、そうではなくて、今ここにいる自分というものそのものと密接に関わっているというか、今ここにいる自分なくしてはとらえられないものとしての時間という観点から、「時間」をとらえなおしてみるということである。意識と時間というのは同じものを別の観点からとらえようとしているのではないか、そして、意識が時間を空間化するのではないか、など。

 さて、シュタイナーは、『神秘学概論』で、「時間」は、土星紀の熱状態とともにはじめて現われ、それ以前には、「時間」の経過というものはなく、「持続」と呼ぶ領域に属しているということを述べている。

 時間と持続。その違いをイメージするのは、とてもむずかしい。『神秘学概論』のなかで、シュタイナーも次のように述べている。

 現在の人間意識に対応する言語では、「時間」に先行する事柄を物語る場合にも、時間のイメージを吹くんで表現を用いなければならない。土星紀の第一、第二、第三状態も、現在の意味での「前後関係」の中で進行したのではないにもかかわらず、それを前後の関係として述べなければならない。それらの状態は、「持続」もしくは同時性の中で存在してはいても、相互に依存しあってもいるので、この依存性を時間的な継起によって類推するのである。

(シュタイナー『神秘学概論』高橋巌訳/ちくま学芸文庫/P176)

 ちょうど、先日刊行された高橋巌「神秘学から見た宗教」(風涛社)のなかに、シュタイナーが時間をどのようにとらえていたのかということに関するところがあった。

 「存在」そのものは「没時間的」なのだけれど、それが物質界に現象することによって、時間が始まるというのである。物質の萌芽とでもいえる「熱」状態の土星紀において、はじめて「時間」が現われたということを考えると、時間がいったいどういうものなのかということが少しだけイメージできる。また、私たちが時間を内なるものの外なるものへの展開のプロセスとして体験しているということも、非常に示唆的である。

 シュタイナーは23歳から36歳までキュルシュナー版「ドイツ国民文学」の『ゲーテ自然科学著作集』(全5巻)に長文の解説と詳細な注をつけていますが、その第1巻にこんな一節があります。ーー「存在それ自体は没時間的である」しかし「その存在の本質が物質の世界に顕れ出た瞬間に、時間が始まる。」ゲーテの自然観との関連で、若いシュタイナーは時間の始まりを論じ、「時間はいつ始まるのか。それは本質が現象化する瞬間である」と言うのです。つまり、本質あるいは存在それ自体は没時間的なのですが、その本質が現象化するとき、一挙に、本質の凡てが物質界に現象することはありえないので、時間のプロセスの中で、本質がみずからを次々に顕現していくというのです。そのプロセスを、ゲーテは「メタモルフォーゼ」と呼びました。

 例えば、種が土に蒔かれますと、根が生え、土の中から芽が現われ、それから次第に茎が延び、葉をひろげ、また茎が延び、また葉をひろげ、そうして花が咲きます。花が咲くと、種子がまたふたたび地に落ちて、そのプロセスを繰り返すのです。それが植物のメタモルフォーゼですが、ゲーテ的な考え方をす ると、あらゆるものは、それぞれの存在段階において、メタモルフォーゼを遂げて、物質界にみずからを現わしているのです。そして、物質界にみずからを現わすことと、時間が始まることとは同じだ、と若いシュタイナーは時間を捉えたのです。

(高橋巌「神秘学から見た宗教」風涛社/2001.4.30発行/P25-26)

 

 そして、1910年、シュタイナーが49歳でヨーロッパのオカルティズムの集大成とも言える『神秘学概論』を世に問うたとき、同じ時間論を展開しました。

 宇宙の始源は宇宙叡智の流出から始まるのですが、その流出は、熱となって現われます。この熱の宇宙をシュタイナーは「土星紀」と呼んでいます。土星紀のこの熱の出現と共に、宇宙の進化は、内面生活をいとなむ純粋なる霊性から、外に顕現する存在に、つまり物質存在に、その在りようを変えたのですが、「時間はそれと共に始まる」と、シュタイナーは書いています。そしてこの時間と空間の成立の過程を、シュタイナーはその後も講義の中で繰り返して語りました。特に『感覚の世界と霊の世界』(1911ー12年)と題された連続講義は、物質界にみずからを現わすプロセス、つまり「流出」のプロセスを、心の中の内と外の問題と結びつけて、具体的に辿っています。

(…)

 普通は、記憶として後に残ったものと、今現に体験しているものとを比べると、ちょうど内と外のような関係になります。今の瞬間に考えている何かが自分の内なる思いだとすると、その周りを、外の世界のように、かつての思いが記憶となって取り巻いています。また次の瞬間に次のことを考えると、たった 今まで考えていたことが、記憶になって外を取り巻いて、心の中で外界をなすようになります。

 シュタイナーは、内なるものを外なるものに変えるこの過程を、魂のいとなみと呼んでいますが、内なるものが外なるものに変わるとき、その記憶内容はヴィジョンとなって魂の外界を形成する、というのです。そして、このプロセスを、時間の原形と考えています。私たちは誰でも心の中で、内なるものを外なるものにするプロセスを生じさせ、そのプロセスを時間として体験しながら生きています。

(高橋巌「神秘学から見た宗教」風涛社/2001.4.30発行/P26-28)

 ここで紹介されている『感覚の世界と霊の世界』という講義集は、トポスのホームページのなかにも、佐々木義之 訳さんの訳で登録されています。興味のおありの方はぜひご覧ください。(「感覚の世界と精神の世界」(GA134)第4講)

 さて、この内なるものの外なるものへの展開は、この物質界そのものの謎にも深く関わってくるところでもある。つまり、よくこの世界は私たち自身がつくりだした世界だともいわれるが、まさに、内的な魂のエネルギーが「ヴィジョン」になることによって、それが物質に転換していくというのである。世界は思考でできている、というのもそうとらえれば理解できるし、世界が時間とともにあるように現象しているということも、それを私たちの意識体験そのもののプロセスとしてとらえることが可能である。

 シュタイナーは、この講義録の中で、さらに次のような驚くべきことを述べています。

 この内なるヴィジョンは、さらに発展を遂げると、そこに大きな転換が生じるというのです。ちょうど電流を変圧器にかけるように、内的な魂のエネルギーがヴィジョンという形態に変わったときに、その形態は、大きな質的な転換を遂げて、今までは、内なる世界の中で、内が外になったのですが、今度は内なるものが丸ごと外なるものに、つまり物質に転換するというのです。…

 心の中のエネルギーがヴィジョンという形をとって、いわば心の中で濃縮したときには、その濃縮したエネルギーが、物質の世界にまで流れていく、というのです。…そして、それと同じ経過が宇宙の中でも生じているというのです。神々の思いがまず存在しようとする意志を生み出し、その存在しようとする意志から、エーテル界、アストラル界が生み出されます。神々の想念が、さらに凝り固まっていきますと、その想念が物質空間を生みだし、鉱物、植物、動物、人間、あるいは固体、液体、気体、熱を生み出すというのです。

(…)

 一方では、一人の人間の中で、そのエネルギーがヴィジョンの形成にまで到ります。そしてそのヴィジョンは、さらにいくと、それが自分の物質的なエネルギーにまで転換されるのです。他方では、同じように、宇宙の神々の思いが神々のヴィジョンにまで濃縮していったときに、そのヴィジョンが物質空間を生み出します。その空間や時間だけではなく、さらに熱、気体、液体、固体を生みだし、鉱物や植物や人間をも生み出すのです。この考え方は、人間の外ににある時間と空間と、人間の内面世界の中に展開している時間と空間とが、全く同質なものであることを示そうとしているのです。…人間の意識のいとなみは、壮大な宇宙進化のいとなみと本質的に共通しているところがあるからこそ、人間は宇宙を理解することができるのです。

(高橋巌「神秘学から見た宗教」風涛社/2001.4.30発行/P28-31)

 

 

シュタイナー・ノート67

聖杯


2001.5.9

 

 キリスト教の教えの中で、特に興味があるのは、グラール、聖杯です。これは十字架に架けられたキリストの血をアリマティアのヨゼフという人が器に受けたその器が、キリスト教のもっとも聖なる宝物として伝えられたという話と、それから天から降りてきた宝石を聖杯と名づけたという話とが合流して、「宝石のように輝く器」という伝説になったのです。この器は見える人には見え、見えない人には見えないのだそうですが、それをだいじに守っている騎士たちは、「聖杯騎士」と呼ばれました。騎士団の代表者がパルチヴァルです。ワーグナーの最後の作品である『パルジファル』は、聖杯伝説をドラマ化して、歌劇にしたものです。

 このグラールを宗教象徴として解釈すると、グラールとは実は私たち一人ひとりのことで、私たちが器となって、自分を空にすると、そこにキリストの働きが血のように満たされるという意味にとれます。グラールを自分の中の聖なる部分、つまり自分の中の霊性ととると、聖杯を求めて巡礼する旅を、瞑想の道であるとも感じとることができます。

(高橋巌「神秘学から見た宗教」風涛社/2001.4.30発行/P63-64)

 シュタイナーの聖杯についての示唆は、邦訳では、『神秘学概論』の最後の章にあったが、それは現代から未来へと向かう人間の魂の課題であると示唆されているように思われる。それは、私たち一人ひとりがキリストの働きを受け取れるだけの器へとみずからを変容させていかなければならないということでもある。

 それはいったいどんな器なのだろう。そのイメージはさまざまに描くことができるが、各人は聖杯になるかどうかは別として(^^;、それぞれ魂の器を自らがつくりだしている途上なのだろう。そうした器の形成が度し難いエゴイズムに向かう場合もあって、その器をどのようにつくるかということは、非常に重要な課題になっているといえる。幾何学的な美しさを湛えた硬質の器もあるだろうし、器の底に穴の空いている器もあるだろう。また、歪んだかたちでありながらも、不思議な美を湛えている器もあるはずだ。

 上記引用では、そうした聖杯探究を「瞑想の道」ととらえているが、そうした内へ向かう旅とでもいうものは、外的にとらえられるような明確な対象がないだけに、説明しがたいものでもあるのだと思う。

 たとえば、内へ向かう旅のいちばんはじまりでもある、自己意識ということにしても、あまりに外的な対象にとらわれている魂の場合には、すべてが外からくるもののようにしかイメージできず、自己ー意識そのものがどういうものであるかがよくわからないだろうし、従って自己ー認識も展開していきがたいようにも思われる。

 また、自己意識の鏡の世界に入り込んで、その迷宮のなかで彷徨わざるをえないというところもあって、内へ向かう旅というのは非常な困難を抱えている。そこにはどこまで続くのか皆目分からないような闇の森も数多く存在していて、その闇のなかで灯りとなるのはみずからそのものでしかない。しかし、おそらくそうした迷宮に踏み迷うことなくして、聖杯の旅は始まらないようにも思う。まずは、なによりみずからの自己意識の鏡にみずからを映し出したときに見えてくるみずからの顔の醜さを直視しなければならないだろうし……。

 

 

シュタイナー・ノート68

意識魂と悪


2001.5.13

 

 人類は太古の昔から、魂を意識して働かせてきましたが、特に15世紀頃から現代に至るまで、一人ひとりの成熟した人間の魂は「意識魂」を拠り所にしようとしている、とシュタイナーは考えます。

 その場合、シュタイナーの言う「意識魂」とは、どんな魂の在り方のことかと言いますと、まず第一に自分で納得できないこと、理解できないことには責任が持てない、という考え方、感じ方のことです。他から独立した、自由な立場をつらぬこうとするのです。意識魂の持ち主は、どんなに迷って苦しんでも、自分の責任で自分の人生をきめていこうとします。

 ですから、意識魂の哲学者フィヒテは、「自我は自らを定立する」と言いました。人生のどの時点でも、できる限り、自我は自分で自らをどこに置くことのできる状況を求めるのです。今自分がこうしているのは、外の誰のせいでもない、と考えるのは、意識魂に応じています。ところが、自分の今の生き方は、自分の思っている生き方ではない。自分ではない誰かのせいで、こうなった、と考えるのは、意識魂ではなく、シュタイナーの言う「悟性魂」の働きです。意識魂は自分で自分の責任をとろうとしますから、悪の問題においても、それを自分の問題と考え、自分の悪を他人のせいにしようとはしない、というのが、意識魂のプライドなのです。

(…)

 シュタイナーの霊学は、決して上昇志向の霊学ではありません。上昇志向で あるとすれば、それは他の人間を犠牲にして成り立つ霊学です。シュタイナーの霊学は、仏教の宝蔵菩薩の誓願のように、不幸な存在がいたら祝福されえない霊学であり、悪の問題を経過しないと出てこない霊学なのです。

(高橋巌「神秘学から見た宗教」風涛社/2001.4.30発行/P149-151)

 シュタイナーは、人間の「体」が、肉体、エーテル体、アストラル体から成り立っているように、魂を感覚魂、悟性魂、意識魂の三部肢から成り立っているといい、(「霊」は霊我、生命霊、霊人から成り立っている)魂の第三分肢としての意識魂は、「みずからの中の神的なものを通して」獲得されるといっている。

 このことについて、『神秘学概論』では、次のように述べられている。

 意識魂の中ではじめて、「私」の本当の性質が明かされる。魂は感覚と悟性においては、外なる事柄に没頭しているが、意識魂の中では、みずからの本性を手に入れる。「私」は、意識魂を通して、まさに内的な活動を通して、知覚される。

 外なる対象の像は、この対象の在り方に従って形成される。そしてこの像自身の性質が悟性の中でも働き続ける。けれども「私」を知覚しようとするのなら、自分を「私」にゆだねるだけではなく、内的な活動を通して、「私」の本性を自分の内部の奥底から取り出してくるのでなければならない。「私」の知覚、「私」の自己内省とともに、「私」の内的な活動が始まる。

 この内的な活動を通して、意識魂が自我を知覚する場合は、身体の三分肢や魂の他の二分肢を通して働きかけてくるものを観察する場合とは、まったく異なる意味を持っている。意識魂の中で「私」を開示する力は、すべての外界の中に働き力と同じものである。ただその力は、身体と低次の魂的部分の中では、直接現われず、段階的に、その働きの結果だけが現われる。その力は、肉体の中で、もっとも低次の現れ方をする。次いで段階を追って進み、悟性魂を作り 出すところにまで至る。言いかえれば、一段上がるごとに、隠されたものを覆うヴェールのひとつが取り除かれる。意識魂を取り出すとき、この隠された力は、一切の覆いを取りはらって、明かな姿をとって内奥の神殿に歩み入る。

 とはいえ、その力は、すべてを満たしている霊性の海の一滴のようなものにすぎない。しかし人間は、この霊性を、先ず自分の中に認識しなければならない。そうすれば、それをさまざまな外なる働きの中にも見出すことができるであろう。

 一滴の水のように、意識魂の中に現われるものを、神秘学は「霊」と呼ぶ。意識魂は、すべての現象の中の隠された霊と、結びついている。人間がすべての現象の中に霊を見ようとするのなら、意識魂の中に「私」を見るのと同じ仕方で、それを見なければならない。「私」を知覚するときのやり方で、現象世界に向き合わなければならない。そうすることによって、人間は、高次の段階へ発展する。

(シュタイナー『神秘学概論』高橋巌訳/ちくま学芸文庫/P75-76)

 感覚魂や悟性魂は、外的対象に向かう。それに対して、意識魂は魂の内的な活動に深く関わっている。シュタイナーは、「対象のない思考」を重視しているが、それは、意識魂と関連したもののように思われる。

 したがって、悟性魂的には「そういうものだ」ということで納得してしまうことも、意識魂的には、納得できなかったりもする。みんながそうだと思っても、納得できないことは納得できない。納得できないことには責任をもてない。そういう在り方は、むしろ、愚か者とみなされたりもする。なにかを学ぼうとするときにも、学ばなければならないからとか、テストの点数があがるから、といった理由では学ぶ動機にはなりえない。むしろ逆に外的な評価そのものへの反発さえでたりもする。

 悪のとらえかたにしても、悪を外的にとらえ、「あいつが悪い」「あれは悪である」と自分の外にあるなにかを指して、自分とは関係しないものとしてとらえることをせず、悪を自分の問題としてとらえようとする。

 なにか事件が起こったときにも、「あんな悪いやつがいる」、「とんでもないやつがいる」、では済ませることができない。「あの悪の要素も自分のなかにあるのではないか」と自問自答する。「あいつのせいでこうなった」、「環境がわるいからこうなった」ではなく、「あいつ」も「環境」もきっかけにはなったかもしれないが、そうなったのは自分にそれに対応するものがあったからなのだ、と。

 最初の引用にもあったように、それが「意識魂のプライド」であるともいえる。自分が責任をとろうとする態度。あるとらえかたをするならば、無罪によるキリストの磔刑というのは、あらゆることに責任をとろうとする意識魂的態度の極北かもしれない。

 そうした意味で、なぜ意悪の問題が重要であるかといえば、それは、悪を外的にしかとらえられないということは、結局のところ、「他の人間を犠牲にして」も仕方がない、というとらえかたであるといえる。科学主義的なあり方は悟性魂の暴走であるともいえるのかもしれないが、そこには明らかに自分とは無関係な対象理解というものがある。すべてのものを自分とは切り離せないという態度においてこそ、「他の人間を犠牲に」しないという科学技術が可能になるのではないだろうか。

 

 

シュタイナー・ノート69

西洋と東洋/幽霊と悪夢


2001.5.19

 

 ここで東洋と西洋について、考えてみたいのですが、シュタイナーの考え方に即して考えますと、東洋、西洋という言い方も、仏教、キリスト教という言い方と同じように、東洋の中の西洋、西洋の中の東洋の問題になります。西洋だから西洋人だけのものではなく、東洋も東洋人だけのものではなく、東洋人の中の西洋、西洋人の中の東洋を、すべての人の思想の両極端として考えたいのです。そう考えたときの東洋的なるものは「悪夢」を見る、そして西洋的なるものは「幽霊」を見る、とシュタイナーは言います。

 どういうことかと言いますと、西洋的なるものは本質的に、ローマ時代の世界帝国の時に作られた考え方が、いまだに続いていて、そこから本質的に変化していないために、人間を市民として見、人間関係を法律的な観点から見る見方、考え方が強く残っているのですが、そのために何か問題が生じたときに、その問題を必ず自分の中にではなくて、相手に投影して、相手の中に問題を見ようとする態度になる、と言うのです。シュタイナーは、そのことを相手に「幽霊」を投影する、と言っています。

 西洋的な感性を、相手の中に自分が投影した幽霊を見る感性とする一方で、東洋的な感性を、自分の中に「悪夢」を呼び起こす感性と呼んでいます。西洋的な感性ですと、例えば、相手の中に、あるべきイメージを作り上げて、そのイメージと格闘するのです。身近なことで言えば、親離れできない、母親コンプレックスを持っている男が結婚したときに、奥さんに母親のイメージを投影して、奥さんが母親的でないと満足できないような場合、シュタイナーの言葉で言うと、相手に幽霊を見ているのです。

(…)

 「悪夢」とはどいうことかといいますと、相手が自分にいじわるな態度を取るか、冷たい態度を取るかした時に、その問題を相手との関係で捉えないで、自分の中の悪夢として考えて、その悪夢に悩まされるのです。ヨーロッパ人は外のせいにするのに対して、東洋人は自分のせいにするのです。ですから、西洋人は、自分が嘘をついていても、相手が嘘をついたときには平気で、「お前、嘘をつくのはよくないぞ」と言えるのですが、東洋人の場合には、自分が嘘をついていて、相手も嘘をついた場合には、恥ずかしくなります。自分のことを考えて、落ち込むのです。西洋人は自分が嘘をついていても、それがバレなければ相手の嘘を指摘することで、人間関係をつくっていこうとします。

(高橋巌「神秘学から見た宗教」風涛社/2001.4.30発行/P152-155)

 この西洋と東洋/幽霊と悪夢というのは、以前から興味深いと思っていたことのひとつで、たとえば、自動車事故のときの西洋と日本との対処の仕方のときなどにも、典型的に現われてくることのように思える。

 つまり、日本は多くの場合、たとえ自分は悪くなくても、とりあえず「すみません」と言いがちだけれども、西洋では、いくら自分が悪いとしても、「すみません」と言ってしまうと、非を認めたことになってしまうので、とりあえず相手のせいにするということ。とはいえ、最近では日本でも、とりあえず相手のせいにするという傾向は増えてきているようではあるけれども・・・。

 武満徹が、クセナキスとの間のこんな興味深いエピソードを語っている。

以前ヤニス・クセナキスが日本に来た時に、たまたま僕とシュトックハウゼンが同じホテルに泊まっていたものですから、僕はいい機会だと思って二人を紹介したんです。そうしたら、二人とも何かそっぽを向いているような、すごく変な雰囲気になってしまった。

その直後に、ヤニスが僕に向かって、「お前の公明正大さというかそういうのは大嫌いだ」って言ったんです。そのとき僕は仕方なく「もしかしたら、その通りかもしれない」って答えたんですけど、しばらく経ってから、ヤニスが「徹、いまお前が公明正大にやっている、ジェネラス(寛大な、雅量のある)だということの意味がよく分かった。お前はいいことをしているよ」と言ってくれたんです。その時は嬉しかった。

(武満徹著作集5 新潮社 P167)

 クセナキスとシュトックハウゼンはおそらくあまり仲が良くなくて、お互い相手を避けたがっている状態だったのだろうと思う。(たぶん、音楽に対する考え方が相容れなかったのだろう)ある意味では、お互いに「幽霊」を投影しあっている状態である。

 「ジェネラス」な武満徹は、その「幽霊」を解消するいいチャンスだと思った。しかし、クセナキスはそうした武満の姿勢に怒りを覚えた。ある種の偽善を見たのかもしれない。日本人特有の「微笑」の不可解さに苛立ったのかもしれない。

 そして、武満はそうしたクセナキスの態度に対して、ある意味で、自分の中に「悪夢」(というほどではないにしても)を見た。つまり、「すみません」という態度をとった。

 しかし、クセナキスもただ「幽霊」を投影するだけには終わらず、ちゃんと自分のなかの「西洋と東洋」のバランスを図ろうとしたといえる。

 こうした「西洋と東洋/幽霊と悪夢」というのは、なんだかサド/マゾ的な感じもするけれども(^^;)、もちろん、これを単に図式的にとらえて文化論を論じてもほとんど不毛だろう。そうではなく、自分や他人や社会の中にある「西洋と東洋/幽霊と悪夢」の要素というか傾向性を見るためのひとつの視点として見てみると、何かが見えてくるところがあるということがいえる。

 おそらく、先のクセナキスの態度にしても、自分のなかの両極に対して、それを克服しようとする態度へと向かったのだろうと思う。

 武満徹の対談を読んでいて興味深いことのひとつは、世界中の音楽家たちとさまざまに関わることを通じて、そうした「西洋と東洋/幽霊と悪夢」的なものを感じながらも、それを新たな形で調和・統合させていこうとする姿勢が見られることである。

 そういう意味で、そうした姿勢についてそれぞれの場所において模索していくことは、現人にとって、非常に重要な態度であるように思える。

 

 

シュタイナー・ノート70

魂の変遷を踏まえること


2001.5.30

 

 今夕のクリスマス会議では、皆さんに地上の人類進化についての展望を示したいと思います、現代の人間というものをますます親密に強度に意識のなかに受け入れることに通じていくような展望です。全文明にとってこれほど重大きわまりないことが準備されていると申し上げてよいであろうまさにこの現代のような時代にあっては、深く考えるということをする人間なら誰しも、本来なら次のような問いを投げかけて然るべきでしょう、人間の魂の現在のような形での現われ、現在のような状態は長期の進化からどのようにして生じてきたのか、という問いをです。ーーと申しますのも、現在のものは、それが過去からどのように生じてきたかを理解しようとすることによって理解できるものになる、というのは実際否定できないことでしょうから。

 さて、とは言えまさにこの現代においては、人間と人類の進化に関して非常に偏見に支配されています。まずはこう考えられております、歴史上の全時代を通じて人間は魂的ー霊的生活に関しては本質的に今と同じようなものであった、と。確かに、狭義の科学的なものとの関連でこう考えられているのです、古代においては人間は幼稚で、ありとあらゆる空想的なものを信じていた、そしてつい最近になってようやく人間は科学的な意味でほんとうに賢くなった、と。だが狭義の科学的なものというものを度外視すれば、今日の人間が有する魂状態をギリシア人もオリエントの人もおしなべてすでに有していた、と考えられています。細部においては魂生活における変遷ということが考えられるにしても、全体としては、歴史上の時代を通じて本来すべては今日と同様だったのだ、と。つまり歴史上の生活が先史時代へと流れるとすると、当時人間は正しいことは何も知らなかった、と言われます。さらに時代を遡ると、当時人間はまだ動物のような姿をしていた、と。つまり歴史を遡っていくと、魂生活はほとんど変わらないものと想像され、続いて霧のなかにぼやけた映像、そして、動物のような不完全な人間、いくらかなましな猿のような存在、というわけです。

 今日ほぼこのように思い描かれるのが常となっていますね。これはまさにとほうもない偏見に基づいています、と申しますのも、このような想定をすることで、現代の人間と比較的そう昔でない時代、そうですね、十一、十、九世紀の人間との間にもすでにどれほど深い違いがあるか、あるいは、今日の人間とゴルゴタの秘蹟の同時代の人々、あるいは今日の人間とギリシア人との間においても魂状態にどれほど大きな違いがあるか、これを認識する努力がなされてないからです。さらに、ギリシア文明を一種の植民地(コロニー)、後期コロニーとしていたオリエント世界へと遡ると、私たちは現代の人間の魂状態とは全然異なる魂状態のなかに入っていきます。それで私はこれから、そうですね、およそ一万年ないし一万五千年くらい前にオリエントで生きていた人間が、ギリシア人とも、また例えば私たち自身ともまったく異なった状態であったことを、実例で、実際の事例で皆さんに示したいと思います。

(シュタイナー『人智学の光に照らした世界史』GA233 第1講yucca訳より)

 古代の人間は稚拙で現代の人間はそれを脱して賢くなってきた、というような一般に信じられてしまっているような考え方は容易に認識の錯誤を生み出してしまう。

 今自分の周囲を見回してみるだけでも、同時代的な「共通感覚」的なものはあるとしても、人の認識様態というのは驚くほどの違いがあるのがわかる。

 まして、時代が大きく隔たった人間の認識の在り方そのものがかなり変わってきているということは想像するに難くない。そして、それは古代が稚拙で現代は賢いというようなものではなくて、その、いわば「共通感覚」的な基盤そのものが異なっていたとみるのがその理解を容易にする基本ではないかと思われる。

 たとえば、シュタイナーのいう、魂。つまり、感覚魂、悟性魂、意識魂についてみてみるだけでも、なぜ現代においては意識魂が重要になってきているのかを理解するためには、人間の魂の歴史的な変遷を見てみる必要がある。

 つまり、今ここで自分の目に見える地平だけを絶対化して、自分がかつていたであろう場所、そしてこれから赴くであろう場所から見える地平もまったく同じものだと思い込んでしまうことは、認識を錯誤させ閉塞させるのに充分であるということである。

 そういう意味で、子どもは愚かであって大人はそれを脱してきたというのも、逆に子どもの言動に驚嘆して子どもに返ろうとするのもおかしなことだと思う。かつて自分は子どもだったこともあるということを踏まえながら、みずからの魂の変遷に目を向けてみる必要があるのではないだろうか。

 大人が子どもから学ぶことも多いのは確かであるが、大人もかつては子どもであったということを忘れたままで、子どもの言動のさまざまに感心したりするだけではなく、むしろ、自分がその子どもの状態からどのようにして現在の認識様態になっているかという変遷を跡づけて見ることが必要であるということである。

 たとえば、『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』には次のようにあるが、現代においても遺伝的な形で継承されていたり、または間違った霊的修行によって得られた古代的な霊的能力ではなく、むしろ、現代人は現代人にふさわしい修行方法があるように、大人には大人にふさわしい魂の育成のプロセスがあるということであって、それは子どもに帰ることではなくて、自分の魂をより先に育てていくことによって、同時にかつて子どもであった自分の魂の状態をも包含するということだと思う。

 喉頭近くの器官は十六の「蓮弁」または「車輪の矢」をもっている。心臓近辺の器官は十二の、鳩尾近くの器官は十のそれをもっている。

 さて、魂の特定の働きはこれらの感覚器官の開発と関連している。したがってそのような魂の働きを特定の仕方で意識的に活用するなら、該当する霊的感覚器官を開発するための修行をしたことになる。十六弁の蓮華のうち、その八枚は太古の時代、すでに開発されていた。当時人間はこの開発のために、自分からは何も行なわなかった。太古の人間はそれを自然からの恩恵として、まだ暗い夢幻的な意識状態の中で、受け取ったのである。当時の意識の発展段階の中で、これら八枚の蓮華は活動していた。しかしこの活動は当時の暗い意識状態に対応したものだった。その後、意識により明るさが加わるにつれて、これらの蓮華は逆に暗くなり、遂にはその活動を停止してしまった。今、人間は新たに外の八枚の蓮華を、意識的な修行を通して、開発することができる。それが可能となれば、十六弁の蓮華全体が一様に輝き始め、活性化される。その十六弁のすべてを活性化することによって、特定の能力が生じる。そのためには、すでに触れたように、ただ八弁の蓮華だけを開発すればよい。そうすれば外の八枚はおのずと活性化される。

(…)

 行法が間違った形式をとる場合、太古の時代に開発された部分だけが活性化して現われ、新しく形成されるべき八枚は凋んだままの状態におかれる。論理的思考や理性的態度に対してあまりにも無関心な行法の場合に、このようなことが生じる。神秘修行者が明晰な思考を大切にすること、話の通じ合える人物であることは、あらゆることに先立つ重要な条件である。

(シュタイナー『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』イザラ書房/高橋巌訳/P122-128)


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