シュタイナーノート148
自記憶と無意識/神話の創造へ
2008.10.29

   私たちの記憶力が魂の中に生きる霊的なものの最初の現われで
  あることは、今日の哲学者たちも理解しています。輝かしい成功
  をおさめたフランスの哲学者ベルクソンは、人間の記憶力の中に
  純粋に霊的なものを見ています。今日のほとんどすべての人の心
  を捉えている自然科学の偏見が過ぎ去ったならば、誰でもが記憶
  という魂の宝庫の中に、純粋に魂的・霊的なものへ到る通路の発
  端を見出すでしょう。
   私たちが記憶する表象内容は、すべて純粋な魂の中に蓄えられ
  ています。(・・・)しかし通常は記憶の宝が、魂の中にあるも
  のをヴェールで覆っているのです。
   人間の魂の奥深くには、記憶像で覆われているために、意識で
  きなくされていますが、霊的・魂的ないとなみが常に存在してい
  ます。霊学研究者がその霊的・魂的なものに参入するときには、
  もちろんその霊的・魂的な本性という彗星にいわば「尾」のよう
  な形でくっついているさまざまな記憶内容とも出会います。しか
  し霊学研究者は、そのような記憶内容を通して、思い出を保存し
  ている力よりも高次の力の働きを洞察できるのです。適当な表現
  を見出すのがとても難しいのですが、こんな言い方が許されるな
  らば、私はこのことを「記憶から超記憶にまで上っていく」とい
  う言葉で表現したいのです。こうして、一昨日「霊視的表象」と
  名づけたものを次第に獲得していくのです。
  (シュタイナー『シュタイナーの死者の書』P.48-49/ちくま学芸文庫)

単純に同じだということはできないだろうが、
記憶していることと記憶していないことというのは、
意識と無意識の関係に似ている。
その無意識のなかにも、意識化できる部分と
意識化できない部分があって、
そのほとんど意識化できない部分がときに「影」となって
私たちに深い影響を与えているということは
だれにでもある程度理解できることだろうと思う。

上記に引用したシュタイナーの示唆では、
人間の魂には、「記憶像」で覆われているために
意識できないとしても「霊的・魂的ないとなみが常に存在」しているという。
従って、霊的・魂的な働きについて理解しようとするならば、
無意識について理解を深める必要があるということがいえそうである。
その点においてユングの分析心理学からさまざまな示唆を受けることができる。
シャドー、アニマ、アニムス、グレートマザー、老賢人、
英雄、トリックスターなどというとらえ方もそうだだし、
さらにいえば、集合無意識の部分からも多くを学ぶことができそうである。

ユングは、無意識の心の働きには、個人的な無意識と集合的な無意識があり、
その集合的な無意識には、人類に共通しているパターンである
「元型」がある としているが、
その「元型」を理解するためにはいわゆる神話などについて探究してみる必要がある。

シュタイナーは、神話、伝説などについて、次のように示唆している。

   人類の歴史を遡れば遡るほど、人びとは今日のような精神能力
  を持たずに、一種の見霊能力を発揮して生きてきました。現代人
  の観察力は、当時の暗く夢のように体験された見霊能力から次第
  に発達してきたのです。今日でも、魂が原始段階にある人たちの
  思考と感情は、太古の根源的な見霊能力と結びついています。
  (・・・)
    霊学の示すところによれば、今日の時代の人間が死から新しい
  誕生までを過ごすときには、問いを発する霊的事象の前で、正し
  い答えを出さなければなりません。解答が出せるかどうかによっ
  て、その人が正しい発展を遂げるかどうか、「完全な人間」とい
  う神々の理想に近づけるかどうかが決まってしまうのです。すで
  に述べたように、昔の人びとはこの問題に夢幻的な性質を与えて
  きました。数多くの昔話や伝説の主題の中には、そのことの痕跡
  が残されています。その痕跡は、現在は、次第に民族文化の中か
  ら失われてきておりますが、昔話や伝説には、次のような主題が
  よく出てきます。ーー誰かが怪物に出会うのですが、怪物はいろ
  いろな謎を出して、答えを要求します。その人は一定の間、たと
  えば鐘が鳴るときまでに、答えを出さなければならないのです。
  そのような昔話や伝説の「問いのモティーフ」と呼ばれているも
  のは世界中に見られます。これはかつての夢のような見霊体験の
  名残なのですが、私が申し上げましたような霊界での体験内容と
  同じものなのです。
   そもそも霊界について学ぶことは、神話、伝説、昔話などを正
  しく理解し、解決するための大切な導きの糸になってくれます。
  現代の精神文化は、霊学の一歩手前に立っていることを示してい
  ます。
  (シュタイナー『シュタイナーの死者の書』P.157-158/ちくま学芸文庫)

ユングは、神話学者のカール・ケレーニーとの共著に『神話学入門』があるように
神話を重視し、神話創造をおこなう心の層を「普遍的無意識」と名づけている。

ユングの影響を受けたジョーゼフ・キャンベルは、神話の重要な働きとして、
神秘を認識させたり、宇宙論的な次元へと目を開かせてきれたり、
社会秩序を支えたり、また教育的な示唆をおこなったりもするという。

その意味で、神話について理解を深めていくことは、
私たちが精神生活を送る上で非常に大切なことであるといえるが、
現代においては、そうした古代から継承されてきた神話が
そのまま私たちにかつてのような示唆を与えることはできなくなっている。

いまだに私たちの「超記憶」「集合的無意識」「普遍的無意識」である
神話的なものは私たちにさまざまな影響を与えてはいるものの、
ユングのいう「個性化」(無意識と意識という対立するものの結合でもある)
のためには
それらの示唆を理解し、それらを「大切な導きの糸」としながらも
新たな神話を創造していく必要のある時代であるといえそうである。

現代の日本を見ていても、個人においても、社会においても、
かつてあったものが失われてきているように見え、
そのなかでさまざまな事件も起こっているが、
それらはおそらく、かつての無意識と意識の対立と結合のありようが崩れ、
あらたなかたちを必要としてきているということなのだろう。
そうしたあらたなかたちを見出すためにも、
シュタイナーの精神科学から多くを学ぶ必要があるのではないかと思っている。