ルドルフ・シュタイナー

『神秘学概論(GA13)』ノート

9 物質界と霊界との相互作用


2002.2.20

 

         人間が新たに地上に生まれてくるとき、地球が前の人生におけるとき
        と同じ姿をしていることは、決してない。人間が死後、地球から離れて
        いる間に、地球上ではあらゆる可能な変化が生じている。
         地球上のこの変化には、隠された諸力もまた働いている。その諸力は、
        死後の人間のいる世界から働きかけている。そして死後の人間もまた、
        地球のこの改造に協力して働いている。
         人間が生命霊と霊人とを生み出し、霊的なものとその物質的表現との
        関連が意識できるようになるまで、人間は高次の本性たちの指導の下で
        その働きを行なっている。人間は地球の状況を変化させるために、死か
        ら新たな誕生にいたる期間にも高次の本性たちと共に働き、地球を改造
        し、自分自身の進化にふさわしい状況を用意しているのである。
         ある時代の地上と、その後の長い時代を経てすっかり変化した地上と
        の違いを生じさせたのは、死者たちの働きである。死から新たな誕生に
        至る間、死者は地球とも結びついているのである。
         超感覚的な認識は、すべての物質存在の中に、隠された霊的なものの
        開示を見る。肉眼で観察する場合、太陽の光や気候の変化などが、地球
        を変化させている。超感覚的に観察する場合、太陽から植物に降り注ぐ
        陽光の中に、死者たちの力が働いている。人間の魂が植物の周囲をただ
        よい、地上を変化させている。死後の人間は、自分自身の来たるべき地
        上生活のための準備をしているだけではない。地上の人間が物質的に働
        くように、死後の人間は、外界に対して霊的に働いているのである。
        (P123-124)
 
神秘学を学んでいると、
死者のイメージがかなり変わってくる。
 
ひとつには、死そのものを、
「すべておわり」というような否定的にとらえることがなくなる。
実際のところ、霊界からみれば、死のほうがむしろ誕生なのだから。
 
それから、死んでけっこう長い間迷っている人もいるとしても、
死後から再誕までの間の人間もいろいろ忙しく、
この地上世界とも深く関係しているということがわかってくる。
 
ここに述べられているように、
死者は新たな誕生までの間、地上に働きかけ続けている。
死者はとってもクリエイティブなのだ。
 
むしろ地上でこうして生きているほうが、
ともすれば亡霊のような存在にもなりかねない。
 
しかし、そういう視点だけだと、
地上世界はいわゆるグノーシス的にばかりとらえられてしまう。
やはり、この地上で生きる意味をしっかり認識する必要がある。
 
実際のところ、この地上における認識がいかに深まるかに応じて、
霊的世界での在り方が変わってくる。
生きている間にわからないことが、
死後わかってくるということは
認識的には基本的に望めないということでもある。
そういう意味でも、こうして生きている間に、
霊界でできなかったことの種を蒔き
できるだけ成長させておくということが非常な課題となる。
地上は霊的存在が創造的進化を遂げるための
反射板のような働きをしているともいえるのだ。
そしてその反射板はただ反射するだけではなく、
「自由」に反射の在り方を創造することも可能なのである。
 
         人間は霊界から物質界の状況に働きかけているだけではなく、逆に物
        質界での活動を通して霊界に働きかけている。…霊的な絆は、物質界の
        ためだけではなく、霊界のためにも織られる。…物質界において霊的な
        働きによって織られたものは、霊界においても存在し続ける。この世で
        深く結ばれ合った友人たちは、霊界においても、その結びつきを継続す
        る。そして人体から離脱したあとは、物質界での生活におけるよりも、
        はるかに深く結びつく。なぜなら、すでに述べたように、霊的存在が他
        の霊的存在に、その存在の内部を通してみずからをあらわすように、霊
        となった友人同士も、互に相手の内部を通して結びつきをあらわすから
        である。そして、二人の間で織られた絆は、次の人生においてもその二
        人を再び結びつける。それゆえ、言葉の真の意味で、人間は死後におい
        ても再会を果たすことができる。
        (P124-125)
 
こういう永遠の友情関係というのも、うれしいところで、
生まれ変わり、関係を変化させながら、
ともに手を携えていけるというのは非常な希望ともなる。
イエスを「友なるイエス」と呼ぶこともあるように、
「友」であるということには永遠の価値があるのである。
そういえば、バッハのカンタータなどを聴いていても、
イエスのことはSieではなくduで呼ぶことが多い。
 
このように、神秘学を学んでいくことによって、
死者のイメージが根本的に変わるとともに、
地上的に形式化されてしまった関係性ではなく、
「友である」ような関係性こそが
永遠であるということもわかるようになる。
 
 


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