シュタイナーの仏教観


シュタイナーの仏教観●第1回/概観

シュタイナーの仏教観●第2回/第五福音書

「大日の秘儀」など

 

シュタイナーの仏教観●第1回


(92/01/03)

 

 シュタイナーの仏教観をご紹介したいと思います。

 しかし、なにせ非常にむずかしい上に、内容が普通の常識的な考え方をかなり超越しているというか、要するにぶっとんだ内容でもあるので、一度に紹介するのは、僕の能力からしても非常にむずかしいので、何回かに分けて、少し時間をかけながらやっていきたいと思います。それに、シュタイナーにとっては、仏教はキリスト教を準備じたものとしてとらえているようですので、ある程度は秘教的にみたキリスト教観も必然的に問題にせざるを得なくなりますので、そこのところをご理解ください。

 このシュタイナーの仏教観ですが、それを一度、ある程度理解すると、世界全体のスピリチュアルな潮流としては、僕なんかはこっちの方がよく説明できる、なんて思ってるくらいです。

 この紹介に関して主に参照したものは、以下の数冊の文献です。興味のある方は、ぜひご自分でお読みいただければ、理解が深まるように思えます。

●R.シュタイナー:仏陀からキリストへ(西川隆範訳/風の薔薇発行)

●R.シュタイナー:ルカ福音書講義(西川隆範訳/イザラ書房)

●R.シュタイナー:人智学・神秘主義・仏教(新田義之訳/人智学出版社)

●R.シュタイナー:西洋の光の中の東洋(西川隆範訳/イザラ書房)

●R.シュタイナー:神秘的事実としてのキリスト教と古代の秘儀(人智学出版社)

●西川隆範編訳:釈迦・観音・弥勒とは誰か(白馬書房)

●西川隆範:仏教の霊的基盤/神秘学の観点からの仏教の本質と未来の探求(風の薔薇)

●西川隆範:大日の秘儀/「密教」と「霊学」の一考察(アーガマ104所収)

●西川隆範:霊学的本覚論/太陽存在と地球進化(アーガマ118所収)

●ベック:仏教(上)(下)(渡辺照宏訳/岩波文庫)

 上記の文献の他にも、雑誌の記事だとか、他のシュタイナー関連の訳書や解説書などを参照したりすることもあると予想されますが、それらについてはそのときどきにご紹介させていただきます。

 シュタイナーは、「仏教の教義として世に現れたものは、ある段階までの理念の高み、霊の純粋なエーテルの高みにまで上昇した者にのみ理解可能な世界観であった」「なぜキリストは活動することができたのか。仏陀が真実を語ったからだ」などと述べていますが、これらのことを理解するために、これから「シュタイナーの仏教観」を紹介していきたいと思っています。

 あらかじめ、その大きな枠組みについてについていうと、まずキリスト教には、ゾロアスター教、ユダヤ教、仏教の3つの流れが流れ込んでいて現在、新しい仏教の流れがキリスト教に合流しつつある、ということになります。

 そして、仏教そのものがどうかというよりも、むしろ論点としては人智学と仏教の関係というのが論じられるのですが、その基本的なポイントとしては(西川隆範氏にならって)5つ挙げらると思います。

(1)仏陀は人智学的な精神科学=霊学に霊感を与えている。

(2)ローゼンクロイツの意味で瞑想する者に仏陀から力が流れてくる

(3)ルカ福音所から流れ出るものは仏教である

(4)仏教とキリスト教は今日合流点に立っている

(5)弥勒はキリスト教の最大の教師である

 西川隆範氏によれば、人智学の中にある仏陀の流れを意識化するとともに、人智学による仏教の解明、そして人智学を通しての仏教の改革ということが仏教に関しての人智学のテーマであるとされています。

 基本的なシュタイナーの仏教観に関しては、上記の文献の「仏陀からキリストへ」のなかで、キリスト教との内的関連のもとに紹介されていて、仏陀とキリスト教との関係を、「2人のイエス」の問題と絡めて論じられているのが「ルカ福音書」であり、人智学的にみた仏教論としては、「釈迦・キリスト・弥勒とは誰か」や「仏教の霊的基盤」などの西川隆範氏の論などで詳しく論じられています。

 

 

シュタイナーの仏教観●第2回/第五福音書


(92/01/08)

 

 以前、シュタイナーの思想のレジュメを数回に分けてアップしたことがあります。

その時には、あえて、この「宗教の歴史」に関しては避けたのですが、シュタイナーの仏教観を紹介するにあたっては、ここのところをはずしてしまうとまったく意味を持たなくなってしまいますので、理解しがたい内容ではありますが、一応そこらへんのことをレジュメとして紹介しておきたいと思います。おそらく、はじめてこれらのことを読まれる方には、何がなんだかわからない可能性もありますが、とりあえずは、SFとミステリーを混ぜたイメージで受け取っていていただければ、いいんじゃないかなと思います。これらのことについては追って、少しずつ説明を加える機会もあると思いますので、あえて、基本的な要素だけをかいつまんでまとめてみることにします。

 その基本的な文献としては、先日紹介し忘れた、極めてぶっとんだ内容の「第五福音書」(イザラ書房)とキリスト教と仏教の関係についてのもっとも基本的な「ルカ福音書講義」がありますが基本的な流れだけをあらかじめいっておきますと、キリスト・イエスの時代にパレスティナで、それまで別の流れだった3つの霊統、つまり、第一には仏陀、第二にはゾロアスター、第三にはヘブライ文化につながる流れが合流した、ということになります。

 なお、以下のレジュメ作成にあたっては、西川隆範氏著の「シュタイナー思想入門」(白馬書房)をベースとしました。

 

●仏教とキリスト教の関係としての宗教の歴史についてのレジュメ●

■4つの福音書それぞれの位置づけについて

 新訳聖書には、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書が含まれているが、シュタイナーによると、マタイ福音書はユダヤ民族に対して書かれ、マルコ福音書はローマ帝国に対して、ルカ福音書は全人類のために書かれ、ヨハネ福音書は死者と天使たちのために書かれたものであって、さらにいうとすれば、マタイ福音書は建築学的構造(肉体の法則)を、マルコ福音書は彫刻的構造(エーテル体の法則)を、ルカ福音書は絵画的構造(アストラル体の法則)を、ヨハネ福音書は音楽的構造(自我の法則)を有していて、(マタイ、マルコ、ルカの三福音書がイマジネーションの段階にあるのに比べて、ヨハネ福音書はインスピレーションの要素を含んでいる)それぞれが、ギリシャ文化期、第五文化期、第六文化期、第七文化期にふさわしい福音書であるとされている。

 ギリシャ文化期とは、BC747〜AD1413、第五文化期は1413〜3573、第六、第七文化期はそれぞれそれ以降の2160年間のことを指している。

 また、マタイは、キリストの肉体とエーテル体を、マルコは、太陽のオーラとしてのキリストをルカは、キリスト・イエスのアストラル体と自我を、ヨハネは、太陽霊キリストの魂を描いている。そして、ヨハネ福音書の中には、ケルビーム(叡智)、ルカ福音書の中には、セラフィーム(愛)、マルコ福音書の中には、トローネ(力)が働いている。マタイ福音書には、マルコ福音書、ルカ福音書、ヨハネ福音書の要素がすべて入っているが、キリスト・イエスを人間として描いている。

■マタイ福音書とルカ福音書におけるイエス記述の比較

●マタイ福音書に記されたイエスの系図と、ルカ福音書に記されたイエスの系図は別のものである。

●アブラハムからダヴィデまでの系図は共通しているが、それ以降の系図は両者ではまったく異なっている。つまり、マタイ福音書はソロモンの系図、ルカ福音書はナータンの系図を記している。

●マタイ福音書では、イエス生誕時、東方の三王が礼拝に来、その後、天使のお告げによってイエスとその両親はヘロデ王の幼児虐殺を避けるためエジプトへ逃れるが、ルカ福音書では、羊飼いたちがイエスを礼拝に来た後、イエスとその両親はエルサレムの神殿に上り、ナザレに帰っていく。ヘロデ王の幼児虐殺に関する記述は見られない。

●以上のことから、ソロモン系のイエス、ナータン系のイエスという2人のイエスが想定される。

■シュタイナーの第五福音書による2人のイエス

●ベツレヘムで、イエスは生まれ、ヘロデ王の幼児虐殺を避けるため、イエスとその両親はエジプトに逃れた。ヘロデ王の死後、このソロモン系のイエスとその両親はパレスティナに帰り、ナザレに住むようになった。ソロモン系のイエスの父親はまもなく死んだ。

●ヘロデ王の幼児虐殺が過ぎ去ったころ、ナザレのヨセフとマリアの間に子どもが生まれた。

●2人のイエスが12才になったとき、過ぎ越しの祭のためにエルサレムに上り、そこで、神秘的な仕方で2人のイエスは1人になった。つまり、ソロモン系のイエスの自我がナータン系のイエスの中に入り、ソロモン系のイエスの肉体は捨てられた。これがルカ福音書で、エルサレムの神殿での12才のイエスとして物語られている事件である。

●ソロモン系のイエスの中にはゾロアスターの自我が生きていた。一方、ナータン系のイエスは、アダムの魂の再来であり、このイエスを仏陀が霊的に包んでいた。こうして1人になったイエス(ナザレのイエス)が30才になってヨハネから洗礼を受けるまで、その中で生きた。こうして、ナザレのイエスの中で、仏陀の霊統とゾロアスターの霊統が合流した。

●仏陀が、原初の叡智を担った存在であり、ゾロアスターは未来へまなざしをむける存在である。

●12才〜18才のイエスは、ユダヤ教の霊性を集中的に体験。すでにユダヤ教が霊的な光を失っていることを痛感。

●18才〜24才のイエスは、パレスティナ周辺し存在したさまざまな宗教を体験。そしてそれらの宗教も荒廃していることを知る。

●24才〜30才のイエスは、エッセネ派教団と親密な関係を持ったが、エッセネ派教団の清浄さは、自分達だけを清く保つだけであることに気づき、教団を去る。

●30才のイエスはヨルダン川でヨハネから洗礼を受け、ゾロアスターの自我がイエスの身体から去り、太陽霊キリストがイエスの中に入り、以後3年間にわたって、イエスのなかで活動する。

■仏陀について

●仏陀がナータン系のイエスの魂を包んでいたころ、インドでは大乗仏教が興隆している。

●ヘルマンベックによると、「昼の光が傾く前に、夕焼けのなかで昼の光がもう一度壮麗な色彩に輝くように、インドの精神生活の最後の偉大な顕現、仏陀のなかで、太古のインドの精神生活の光がもう一度力強く輝いた。仏陀はのちの時代に太古の原意識の偉大さと壮麗さの全体をもう一度新たなものにすることができた唯一の存在であった。」仏教の本質は、「私の教えは静寂主義の教えではなく、魂の諸力の精力的、活動的努力の教えである」という仏陀の言葉のなかにある。

●仏陀の任務は、人類に愛と慈悲の教えをもたらすことであった。

●ゴータマ・シッダルタは、29才の時、四門出遊として語られている体験をし、その際、ヴィシュヴァカルマン神に神の装いをさせられ、菩薩ゴータマ・シッダルタは仏陀釈迦牟尼になった(一般的には35才とされているが)。仏陀の位階へと上昇した存在はもはや地上には受肉せず、霊的な仕方で人類の発展に寄与する。

●地上から去った仏陀は、500年後、ルカ福音書に記されたナータン系のイエスを覆い、育てることになった。

●仏陀は水星の治癒的な力を担った存在であり、これまでの西洋の歴史が月=イスラム教の影響のもとで自然科学的な思惟を発展させてきたのに対し、今後水星=仏教の影響をとりいれて発展していくであろう。

●太陽が地球から分離したとき(アカシャ年代記参照)、仏陀はキリストといっしょに、 太陽に移り、後の地上での任務の準備をした。

●愛のキリストと平和の仏陀は常に協力して働いていて、仏陀からキリスト教におくられたとシュタイナーの述べるルカ福音書の祈りの言葉「霊の高みにおいて神は啓示し、地には善意の人々に平和があるように」がこれからますます大切になっていく。

 

 

「大日の秘儀」など。


(92/03/26)

 

 「秘儀を漏らした罪」についてですが、これについては、西川隆範さんの「大日の秘儀/『密教』と『霊学』の一考察」(アーガマ104号、10.1989所収)の最後のあたりにふれられています。この記述以外では読んだことがありませんので、詳細はわかりませんが(^^;)、一応、その部分を紹介しておくことにします。

 要は、バラモンの秘密を公開するために、あえて豚肉を食し、死に赴いたということで、そこらへんに「密」の秘儀が隠されているのでは。不用意に秘儀を漏らしてしまった、というのとは根本的に考え方が違いますので、そこらへんをご理解いただければ幸いです。

 おそらくこれらの記述は人智学徒でもあるヘルマン・ベックの未役の著作にいろいろと解説されているのかもしれませんが、そこまでは未確認です。ヘルマン・ベックといえば、岩波文庫に「仏教」(上・下)がありますので、そこらへんを読むと人智学的な仏教観のベースが理解できるかもしれません。

 「『仏陀がもっとも近い弟子に、地球の目的と未来に結びつくという、キリストに似た地上での働きの可能性について語ったとき、彼は理解されなかった。そのような活動をする宇宙の時期がまだ到来していなかったからである。孤独に、理解されずに、偉大な師は涅槃に入っていく。』(ヘルマン・ベック「インドの叡智とキリスト教」1938)

 しかし、仏陀は涅槃に入ったことによって地上との関係を断ったのではなかった。キリストが地上にあらわれたころ、仏陀は大乗仏教に霊感を送っている。『たんなる自己救済の道にかわって、より高次の、地球救済の道が設けられた。すべての存在の救済のための働きの道、地球の運命と自己を結合する道が設けられた』(ヘルマン・ベック「秘儀の世界から」1927)のである。

 仏陀の死については、べつの見方もできる。豚肉(茸ではない)を食べて死去したというのは、婆羅門の秘密を公開したために、死を迎えたことを意味している。逆にいえば、『私のほかに、それを食して、よく消化できる者はいない』と、仏陀はみずからの死をいとわずに、秘密を私たちに伝えたということである。

 となると、釈迦の所説を『顕教』として片付けることはできないのではないか。九顕十密の立場を取り、あらゆる思想に、深秘釈を試みることが大切になってくる。」


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