ルドルフ・シュタイナー

人智学の光に照らした世界史 GA233

翻訳紹介:yucca


第4講

1923/12/27 ドルナハ

 昨日の私の課題は、世界史上の進化がどのように起こるかということを個々の人物を手がかりに示すことでした。精神科学の方向で前進したいと思うなら、ひとは出来事の結果を人間のなかに反映させる、という以外には表現しようがありません。と申しますのも、よく考えてみてください、この現代だけが、この連続講義においても引き続きお話ししていく理由から、人間が自らをその他の世界から切り離された個別の存在と感じるように性格づけられているのですから。以前のあらゆる時代、そして将来のすべての時代において、これははっきり強調されねばならないことですが、人間は自らを全宇宙の一部、全宇宙に組み込まれたものと感じましたし、感じるようになるでしょう。たびたび申しましたように、人間の一本の指はそれ自体で完結した存在ではあり得ず、人間に所属するものであるように、また他方、指が人間から切り離されればもはや指ではなく崩壊してしまってまったく別ものとなり、生体組織とは別の法則に従うようになるように、ちょうどそのように人間は、地上生という形[Form]であれ、死と新たな誕生との間の生という形であれ、何らかの形で全宇宙と関り合っている存在にすぎないのです。ーーけれどもこのことについての意識は、まさしく前の時代には存在し、これからまた存在するようになるでしょう、この意識が曇り、暗くなっているのは今日の時代だけです、なぜなら、私たちがこれから聞くことですが、人間が自由の体験をまったく完全に自らのうちに育成することができるように、この意識が曇り、暗くなることが人間には必要だったからです。そして時代を遡れば遡るほどますます、いかに人間が自分は宇宙の一部であるという意識を持っていたかがわかります。

 さて私は皆さんに、ふたりの人物、ひとりは名高い叙事詩においてギルガメッシュと呼ばれ、もうひとりは同じ叙事詩でエアバニと呼ばれた人物を描写し、それから私は、このふたりの人物が古代カルデアーエジプト時代に当時の人に可能であった生き方で生き、その後エフェソスの秘儀を通じてさらなる深まり(深化)を経験したようすを皆さんに示しました。さらに昨日注意を向けていただいたことは、この同じ人間存在たちがその後アリストテレスとアレクサンダーとして世界史の進化のなかに置かれた、ということでした。けれども私が描き出しましたことがこれらの人物たちに起こったあの時代において、地球進化の歩み全般がどのようなものであったかを私たちが完全に理解することができるためには、このような魂たちがこの三つの相前後する時代において自らのうちに受け入れたものを、さらに厳密に見通さなければなりません。

 私は皆さんに、ギルガメッシュという名前の背後に隠れている人物が西への道を辿り、アトランティス後の一種の西方のイニシエーションをともかくも通過することに注意を促しましたね。さて今度は、さらに後のものを理解するために、このような後になってのイニシエーションがどのようなものであったかについて思い浮かべてみましょう。むろん私たちは、こういうイニシエーションを、古えのアトランティスのイニシエーションの余韻が長い間残っていた土地に探さなくてはなりません。そして、ここドルナハにいらっしゃる友人の皆さんにはすでに前回お話ししましたが、ヒベルニアの秘儀(☆1)がそれでした。けれどもここで考察することを私たちが完全に理解できるためには、お話ししたことのいくつかを繰り返さなければなりません。

 アイルランドの秘儀であるヒベルニアの秘儀はほんとうに長い間存続してきました。それはキリスト教成立の時代にもなお続いていて、アトランティス民族の古えの叡智の教えをある面からもっとも忠実に保存してきた秘儀なのです。さてまずはこれから皆さんに、アトランティス後の時代にアイルランドの秘儀に参入を許された誰かの持った体験について、ひとつの像(イメージ)をさし上げたいと思います。この秘儀、このイニシエーションを受けることになった人は、当時、厳しく準備を課せられなければなりませんでした、古代においてはそもそも秘儀参入への準備には途方もない過酷さがつきものものでしたが。その人は実際、内的にその魂状態、人間としての状態をまるごと造り替えられなければならなかったのです。それから、ヒベルニアの秘儀においてはその人はまず、人間を取り巻く存在のなかの虚偽のもの、人間がまず感覚知覚にのっとって自分の存在の拠り所としているあらゆる事物のなかの虚偽のものに対して、強い内的体験をしつつ注意を向ける、という準備を課せられました。そしてその人はさらに、彼が真実を、ほんとうの真実を希求するときにたちふさがる困難と障害のすべてに注意を向けさせられます。その人は、感覚世界において私たちを取り巻くすべては根本的に幻影[Ilusion]なのだ、感覚は幻影的なものを与え、真実は感覚の背後に隠れてしまう、つまり真の実在はそもそも感覚知覚を通じては人間には到達できないのだ、と気づかされたのです。

 さて皆さんはこうおっしゃるでしょう、人智学に長く親しんでそれはいつももう十分確信していることだ、と。それはもうよくわかっている、と皆さんはおっしゃるでしょう。けれども、感覚的外界の幻影的性格について、そもそも現在の意識のなかで人間が持ちうるあの知識などは、当時ヒベルニアの秘儀参入のために準備を課された人々によって経験された内的な震撼、内的な悲劇に比べれば、まったく無に等しいのです。

 と申しますのも、このように、全てはマーヤだ、全ては幻影だ、と理論的に言うとき、そもそもそれは非常に軽く考えられているのですから。けれどもヒベルニアの秘儀入門者たちの準備は彼らが自分にこう言うところまで押し進められたのです、幻影を突き抜け実際の真実の存在にいたる可能性は人間にはないのだ、と。

 入門者たちは、いわば最初は絶望の念から、内的、魂的に幻影に自足する、という準備を課せられました。この幻影の本性はあまりに強圧的、圧倒的なので、ひとはそもそも幻影を越えてゆくことなどできないのだ、という絶望に満ちた気分のなかに彼らは入り込んでいきました。そしてこの入門者たちの生のなかに繰り返しこういう気分がありました、さてこれからひとは幻影のさなかに在り続けなければならないーー。けれどもそれは、これからひとは足もとの基盤を失わざるを得ない、幻影に確実な足場は求められないからだ、ということでした。ーーそう、古えの秘儀における準備の過酷さ、これに関しては、今日のひとは根本においてほとんど想像もつかないでしょう。人々は内的な進化を真に促すものの前ではまさにひるんでしまうのです。

 そして存在と存在の幻影的な性格についてと同様に、入門者たちにとっては真理を求める努力についても事情は同じでした。そして彼らは、人間が真理に至ろうとするのを、情緒のなかで、人間を打ち負かす暗い感覚と感情のなかで妨げるものを、認識の明澄な光を曇らすものすべてを知ったのです。こうして彼らはここでも、次のように言う時点に至りました、私たちが真理のなかに生きることができないのなら、私たちは錯誤のなか、虚偽のなかで生きざるを得ない!と。ーーこれはまさしく、人生のある時期に、存在と真理に絶望するに至るなら、その人の人間性は自己自身からもぎ離される、ということなのです。

 これらすべては、人間がとどのつまりに目標として到達すべきものの反対のものを体験することを通じて、この目標に正しく深い人間的感情を向けることができるために必要だったのです。と申しますのも、錯誤と幻影とともに生きる、ということがどういうことか知るに至らなかった人は、存在と真実を尊重するということなどわからないからです。それでヒベルニアの秘儀の入門者たちは、真実と存在を尊重することを学ばされねばならなかったのです。

 そして入門者たちがこのようなことを為し遂げ、彼らがいわば最終的に行き着かなければならないもの対極を為し遂げると、彼らはーーここで起こったことを私は、当時実際にヒベルニアの秘儀においてリアルだったように具象的に描写しなければなりませんーー一種の聖域に導かれました、そこには二つの立像、途方もなく強い暗示の威力を持つ立像がありました。そしてこれらの巨大な立像の一方は、内部が空っぽでした、この空洞を囲む外側の面、つまりこの立像が作られている全実質はきわめて弾力のある素材で、そのためどこを押してもこの像を内部へと押すことができましたが、押すのをやめた瞬間、形はもとどおりになりました。立像全体は、頭の部分を主として形成されていて、この像に向き合ったひとは、力が頭から巨大な体躯のほかの部分へと放射している、と感じるほどでした。と申しますのも、空洞の内部空間は見えず、知覚することもできず、押してみてはじめてひとは内部空間に気づいたからです。頭以外の体躯全体が頭の力よって放射されている、この立像にあっては頭がすべてを為している、と感じられたのです。

 散文的な生をおくっている今日の人間がこの立像の前に連れて行かれたとしても、抽象的なもの以外の何かを感じることなどほとんどないだろう、ということを認めるのに私はやぶさかではありません。なるほど、内部全体で、その精神(霊)、その魂、その血、その神経をもって幻影の力と錯誤の力を体験したということは、そしてこのような巨大な姿の暗示的な猛威を体験するというのは、まさに何か別のことなのです。

 この立像は男性の特徴を持っていました。この像のかたわらに、女性的特徴を持つもう一方の像が立っていました。こちらは空洞ではありませんでした。このもう一方の像は、弾力的ではないけれど可塑的な素材から造られていました。この像を押すとーー人は今度も像を押すように促されたのですーー、形は壊れ、像の体には穴が開きました。

 けれども、一方の立像のところで、弾力があるために形態がすべてもとにもどってしまうということを経験し、もう一方の立像のところで、押すことによって像を変形させることを経験したあとで、入門者は、私がこれからお話ししていくいくつかの別のことにしたがって、部屋を去り、それから、可塑的ではあっても弾力のない、女性的特徴を持つ立像に彼がつけた欠損と変形がすっかりもとにもどされてから、またこの部屋に連れ戻されました。入門者は、立像が無傷の状態にもどされてから連れ戻されたのです。こうして入門者が成し遂げたすべての準備を通してーー私は事態を概略的に描写できるだけなのですがーー、入門者は、女性的特徴を備えた立像のところで、霊、魂、体による全人間性においてある内的体験を得ました。この内的体験はすでにもう以前から準備されてきたことではありますが、立像そのものの暗示的な作用によりきわめて完全に起こったのです。入門者は自らのうちに、内的な硬直の感情を、内的に凍りつき硬直する感情をおぼえました。そしてこの硬直の感情は、彼のうちに、自分の魂がイマジネーションで満たされるのを見るという作用を及ぼしました、そしてこれらのイマジネーションは地球の冬の像、地球の冬を示す像でした。つまり入門者は、内部から霊のうちに冬的なものを観ることに導かれたのです。

 もう一方の立像、男性的な立像の方ですが、こちらの像の場合はこのような状態でした、つまり入門者は、ふつう彼の全身のなかにある生命のすべてが血液のなかに流れ込むときのような、つまり血液が力に浸透されて皮膚を圧迫するときのような何かを感じたのです。つまり入門者は、一方の立像の前では、凍り付いた骸骨になると思わざるを得なかったのですが、他方、もう一方の立像の前では、自分の内部の全生命が暑熱を帯びて崩壊し、自分が張りつめた皮膚のなかで生きている、と思わざるを得ませんでした。そしてこの、表面を圧迫された全人間の体験が、入門者を、次のように自らに言う洞察へと導いたのです、お前は感じ取る、お前は感じ、お前は体験する、とりわけ宇宙において太陽だけがお前に作用するときになっているであろう状態のお前を、と。ーーそして入門者はこのようにして、宇宙的な太陽作用をその区分において知るようになりました。彼は人間の太陽への関係を知るようになったのです。さらに彼は、宇宙のほかの方角からのほかの諸力がこれらの作用を修正する、というこの理由によってのみ、実際のところ自分は、今太陽の像の暗示的な作用のもとに出現した状態の自分ではない、ということも知るようになりました。このようにして入門者は、宇宙に慣れ親しむことを学びました。そして入門者が月の像の暗示的な作用を感受したとき、つまり内的に硬化して凍りついたものを、冬の風景を体験したときーー太陽像の場合彼は夏の風景を自分自身から生み出されたように霊の中で体験したのですがーー、そのとき人間は、もし月の作用のみしかなかったら人間はどのようになるだろう、ということを感じたのです。

 よろしいですか、現代において人はそもそも宇宙(世界)について何を知っているでしょう。人は宇宙について、チコリは青い、薔薇は赤い、空は青い、云々といったことを知っています。けれどもこれは震撼するような印象というわけではありませんね。これらは、人間の周囲にあるきわめて日常的なことを告げているにすぎません。人間は、宇宙万有の秘密に通ずるようになりたいと思うなら、全本質をもってより集中的に感覚器官にならなければなりません。それで、まさに太陽像の暗示的な作用を通じて、彼の本質はその全血液循環に集中させられたのです。人間はこれらの暗示的な作用を自らのうちで体験することで、自らを太陽存在として知るようになりました。さらに人間は、女性的な像の暗示的な作用を体験することで、自らを月存在として知るようになりました。さらにそれから、人間はその内的な諸体験から、今日人間が自分の目の体験によって薔薇がどのように作用するかを、自分の耳の体験によって嬰ト音がどう作用するか、などを言うことができるように、そのように太陽と月がどのように人間に作用するかを言うことができたのです。

 このように、この秘儀への入門者たちはアトランティス後の時代においてなお、人間が宇宙に組み込まれていることを体験していたのです。これは彼らにとって直接的な経験でした。

 さて、私が皆さんにお話ししましたのは、キリスト教の発展の第一世紀まで、ヒベルニアの秘儀において、太陽体験および月体験に導かれた入門者たちによって宇宙的な体験としてまったく壮大に体験されていたことの短いスケッチにすぎません。

 エフェソス(エペソ)の秘儀、小アジアのエフェソスの秘儀において入門者たちが成し遂げた体験はまったく別のものでした。このエフェソスの秘儀においては、のちにヨハネ福音書の冒頭の言葉、《太初に言葉[Wort]があった。そして言葉は神のもとにあった、そして言葉は神であった》に模範としての表現を見出したものが、とくに集中的に、全人間をもって体験されました。

 エフェソスでは入門者は二体の像の前に連れて行かれるのではなく、エフェソスのアルテミスとしてよく知られている像の前に連れて行かれました。そして、生命に満ち、いたるところで生命に満ち溢れているこの像と同一化することで、入門者は宇宙エーテルに深く親しみました。内なる体験と感情の全てをもって彼は単なる地上生から引き揚げられ、宇宙エーテルの体験へと引き揚げられたのです。そして彼には以下のことが明らかになりました。彼にまず伝えられたのは、人間の言葉とはそもそも何かということでした。そしてこの人間の言葉、つまり人間の写し[Abbild]、世界ロゴスにして宇宙的なロゴスの、人間における写しであるロゴス、これを手がかりに、いかに宇宙言語[Weltenwort] が創造的に宇宙(コスモス)を貫いて生き生きと動き沸き立っているかが彼に明らかにされたのです。

 私はここでも概略をお話しすることだできるだけです。それはこのような経過でした。入門者は、とりわけ、人間が話すとき、人間が呼吸で吐く息に言葉を刻印するときに起こることを真に体験することに注意深くさせられました。入門者は、次のような体験に導かれました、このとき彼自身の内なる行為を通じて生命に移行するものは、空気のエレメント(元素)のなかで生起すること、しかもこの空気のエレメントのなかで起こっていることに、二つの別の経過が結びついていること、これらを体験するように導かれました。

 思い描いてみましょう、これが呼気だとします(図参照、右部分、赤い[rot]線を伴う明るい青[hellblau])、この呼気に人間が話す何らかの言葉形成物[Wortgebilde]が刻印されるとします。言葉に形成されたこの呼気が私たちの胸から外へと流れ出る一方、リズミカルな振動が、人間の生体組織(有機体)に浸透するまったく水のような液体的エレメントのなかへと下降していきます(明色[hell];水[Wasser])。それで人間は話す際、その喉頭の上部、言語器官のなかに、空気のリズムを持っているのです。けれどもこの話すことと並行して、人間の内部では液体的身体[Fluessigkeitleib]が浸透し動きうねっています。言語領域の下の方にあるこの液体が振動し始め、人間のなかで共振するのです。そして私たちが話すことに感情が伴っている、これは本質的なことですね。人間のなかの水状のエレメントが共振しないとしたら、言葉が中立した状態で外へ、つまり無造作に外へと出ていくとしたら、人間は話されたことに共感することはないでしょう。けれども上に向かって、つまり頭に向かっては、熱エレメント(赤)が上昇していきます、そして私たちが呼気に刻印した言葉は、上方に流れていく熱(暖かさ)の波を伴っています、この波が私たちの頭に浸透し、そこで私たちが言葉に思考を伴わせるように働きかけるのです。そのため、私たちが話すとき、私たちは三重のものと関わっています、つまり空気、熱、水あるいは液体と。

 人間が話すときに活動し生きているものの全体像をはじめて与えるこの経過が、エフェソスの秘儀入門者の場合、最初の時点で取り入れられたのです。次いで彼に明らかになったことは、このとき人間のなかで起こっている経過は、もっと古いある時代に地球そのものに働きかけた宇宙的出来事が人間化されたものである、ということでした、ただしそのとき地球においてこのようにうねり動いていたのは、空気エレメントではなく、水、液体的エレメント(図の左部分、青[blau])、昨日私が揮発的ー流動的卵白としてお話ししたあの液体状エレメントだったのですが。人間が話すとき、そのとき人間のなかに呼気のかたちで小規模に空気があるように、ちょうどそのように、かつては、大気として地球を取り巻く揮発的ー液体的卵白があったのです。ここで空気状のものが熱エレメントに移行していくように、これはさらに一種の空気エレメントに移行していき(左、明るい青)、そして下の方で一種の土状エレメントに移行していきました(明色)。その結果、私たちの場合には私たちの体のなかで液体エレメントを通じて感情が生まれるように、地球においては地球形成、地球の諸力、地球において力として作用し湧き起こるものすべてが生じたのです。そして空気エレメントの上方には、地球的なもののなかで創造しつつ働きかける、活動する宇宙的思考であるものが生まれました。

 かつてマクロコスモス的にあったもののミクロコスモス的な余韻が自らの言葉のなかに生きていることに注意を導かれたとき、人間がエフェソスにおいて得たものは、荘厳な、圧倒的な印象でした。そしてエフェソスの秘儀入門者は、話すことで、その話すという体験のなか、宇宙言語の作用への洞察を感じたのです、かつて意味深く揮発的ー液体的エレメントを動かし、上では創造する宇宙思考に、下では生まれ出る地球諸力に接していた宇宙言語の。

 このように入門者は、話すと言うことを正しく理解するということを学んで、宇宙的なものに精通するようになりました。つまりこういうことが学ばれたのです、お前のなかには人間ロゴス[der menschliche Logos]がある。人間ロゴスは、お前が地球紀を過ごす間、お前から作用する、人間としてのお前は人間ロゴスなのだーーと申しますのも、実際のところ、液体エレメントのなかで下へと流れ出すものを通じて、人間としての私たちは言語から形成されるのですから。上へと流れ出すものを通じては、私たちはこの地球紀の間は私たちの人間としての思考を持ちますーー、しかしお前のうちでもっとも人間的なものがミクロコスモス的ロゴスであるように、ちょうどそのように、かつてロゴスが原初にあった、ロゴスは神のもとにあり、自身が神であったのだ、と。

 こういうことがエフェソスでは、人間を通じ人間そのものにおいて理解されたために、徹底的に理解されました。

 よろしいですか、今皆さんが、ギルガメッシュという名前の背後に隠れているような人物をごらんになるなら、皆さんはこのような感情をお持ちになるにちがいありません、この人物は秘儀から放射されたまったき境遇、まったき環境のなかで生きたのだ、と。と申しますのも、以前の時代においては、すべての文化、すべての文明は、秘儀からの放射だったからです。そして私が皆さんにギルガメッシュの名を挙げるなら、彼はまだ故郷のエレクにいたときはなるほどまだエレクの秘儀そのものには参入しておりませんでしたが、こうした宇宙との関係を通して感じられ得たものに実質的に貫かれた文明のさなかにいたことは確かです。その後、西に向かう旅路において彼が体験したものは、むろん彼を直接ヒベルニアの秘儀に通じさせはしませんでした、彼はそこまで行けなかったわけですが、いわばこのヒベルニアの秘儀のコロニーにおいて育まれたものには通じることができました、皆さんにお話ししましたように、このコロニーは今日で言うブルゲンラントにあったのです。このことがこのギルガメッシュの魂のなかに生きていました。このことは死と新たな誕生との間にさらに育て上げられ、今も継続し、そのために次の地上生の際、当のエフェソスにおいて魂の深まり(深化)が起こったのです。

 今や、私が話してきましたふたりの人物のために、このような魂の深まりが起こりました。ここでいわば普遍的な文明から、これらの人物の魂に現実性をもってどよめいてきたものは、なおも強く集中的な現実性をもってどよめいてきたものは、ホメロス時代以来ギリシアにおいてはもう本質的に美しい仮象にすぎなくなったものでした。

 はるかなエフェソス、かつてヘラクレイトスも生き、後のギリシア時代、紀元前六世紀から五世紀頃まで古えの真実の数々がなおも感受されていたあの地、ほかならぬこのエフェソスでは、かつて人類がそのなかで生きていた現実(リアリティ)全体をまだ追感することができました、人類がまだ神的ー霊的なものと直接関わり合っていた頃、まだアジアがもっとも下位の天であった頃の現実です、このもっとも下位の天でひとはまだ、この天に接する上位の天と結びついていました、なぜならアジアにおいては自然霊たちが体験され、その上[の天]ではアンゲロイ、アルヒアンゲロイその他が、その上ではエクスシアイその他が体験されたからです。それでこう言うことができます、すでにギリシアにおいてさえ、かつて現実であったものを手がかりにその余韻が形成されるだけとなった、現実であったものが、根源の事実を示唆していることが明白に見て取れる英雄伝説の像へと変化していった、つまりギリシアにおいては、根源の事実の劇的要素がアイスキュロスにおいて生命を得た、他方、エフェソスにおいては、あいかわらず人は秘儀の深い闇のなかに沈潜し、人間が神的ー霊的世界と直接関わり合って生きていたかの古えの現実の余韻を感じ取っていた、と。そしてギリシア精神にとって本質的なことは、ギリシア人は、人間にとってより身近な神話や人間にとってより身近な美と芸術のなかに、つまり模像のなかに、かつて宇宙との関わりのなかでまさに人間によって体験され得たものを潜ませたのだということです。

 さて、一方においてこのギリシア文明が今やすでにその絶頂に達し、ペルシア戦争におけるように古代アジアの現実性の側からなおも反撃しようとしたものすら誇らかに退けたとき、つまり一方でギリシア文明がその絶頂に達し、しかし他方ではすでに崩壊に瀕していたとき、かつて人間の霊、魂、体のなかの神的ー霊的な地上的現実であったものの余韻を魂のなかにはっきりと担っていた人物たちがどのような体験をしたのか、私たちは今思い描いてみなければなりません。

 私たちはこう思い描かざるを得ません、そもそもアレクサンダー大王とアリストテレスは、何と言っても彼らにまったく合致しない世界、本来彼らにとっては悲惨な世界に生きていたのだ、と。奇妙なことに、アレクサンダーとアリストテレスのなかに生きていたのは、霊的なものに対して彼らの環境とは別の関係を持っていた人間たちでした、彼らはサモトラケの秘儀をさして気に留めていなかったにもかかわらず、その魂においては、サモトラケの秘儀においてカベイロスとともに起こったことに多大な親和性を有していたのです。このことは長い間感じ取られていました、中世においてはまだ感じ取られていました。そしてこう言わざるを得ませんーーこのことについて今日の人間はまったくまちがって思い描いているのですがーー、中世においてはまだ、十三、十四世紀頃までは、あらゆる階級の何人かの人々には、少なくともかつて古えのオリエントでアジアと呼ばれた領域において、はっきりとして霊的観照があった、と。そして中世にある司祭によって著わされた『アレクサンダーリート』(アレクサンダーの歌)(☆2)は、何と言ってものちの中世の非常に重要な文献です。アレクサンダーとアリストテレスを通じて起こったことについて、今日歴史のなかにゆがめられて生きているものに対して、ラムプレヒト司祭が十二世紀頃にアレクサンダーリートとして著わしたものはなおも、アレクサンダー大王を通じて起こったことについての古えの把握に近しい雄大な把握のように思われます。

 皆さんは以下のことを魂の前に据えてくださりさえすればよいのです。ラムプレヒト司祭のアレクサンダーリートのなかには実際すばらしい叙述があります、たとえば次のようなすばらしい叙述です。毎年、春がやってくるとひとは森に出かけていき、森の縁まで行く、森の縁には花々が育ち、同時に太陽は、森の木々から影が森の縁に育つ花々の上に落ちる位置にある、そしてひとは、春に森の木々の影のなかで、花々のうてなから霊的な花の子どもたちが出てきて、森の縁で輪になって舞い踊るのを見る、というような。ーーそして、ラムプレヒト司祭のこのような叙述において、真の経験、当時の人々がまだ得ることのできた経験のいくばくかがほのかに輝いているのがはっきりと認められます。その経験は、人々が森に出かけていって、散文的に、ここに草がある、ここに花がある、ここで木が始まる、などと言うような経験ではありません、そうではなく、人々が森に近づくと、太陽が森の背後になって影が花々の上に落ちるとき、この森の影のなかで、花々から被造物である花の世界全体が彼らを迎えたのです、彼らが森に入る前からその世界は彼らのためにそこにあったのですが、森のなかで彼らはまたほかの元素霊(エレメンタルガイスト)たちも知覚しました。この花々の輪舞、これはラムプレヒト司祭にとってとりわけ描写したい好ましいものに思われたのです。そして、何と言っても重要なのは、ラムプレヒト司祭がアレクサンダー遠征を描写しようとしたとき、この描写にーーまだ十二世紀、十二世紀の初頭ですーー、自然の描写を浸透させ、流れ込ませたことです、いたるところに元素界(エレメンタル界)の顕現を内包している自然の描写を。全体が意識によって支えられているのです、アジアへのアレクサンダー遠征が始まり、アレクサンダーがアリストテレスに教えを受けたとき、かつてマケドニアで何が起こったのかを描写しようとするなら、それを描写しようとするなら、人は周囲の散文的地球を描写することでそれを描写することはできない、散文的地球にエレメンタル存在たちの領域を付け加えてのみそれを描写することができるのだという意識に。

 けれどもよろしいですか、今日皆さんが歴史書を読まれるときーー今日の時代にはそれはまったく当然のことですねーー、そう、そのとき皆さんはこう読むでしょう、アレクサンダーは師のアリストテレスに不従順で師の序言に逆らって、次のような使命があると思い込んだ、異邦人たち(バルバーレン)を文明化された人々と宥和させ、文明的ギリシア人つまりヘレーネン、マケドニア人、異邦人から成る平均的文化といったようなものを生じさせなければならない、と。これはなるほど今日の時代にとっては正しいことですが、真実、ほんとうの真実にとってはまさしく愚かしいことです。アレクサンダー遠征を描写するラムプレヒト司祭がこのアレクサンダー遠征にまったく別の目的を置いているのを見ると、雄大な印象が得られます。そしてあたかも、私がたった今、自然ーエレメンタル界つまり自然のなかの霊的なものが自然のなかの物質的なものに入り込んでいることとしてお話ししましたこと、このこともまさに導入部にすぎないかのように思われるのです。ラムプレヒト司祭のアレクサンダーリートにおけるアレクサンダー遠征の目的とは、いったい何なのでしょうか。

 アレクサンダーはパラダイスの門まで行くのです!なるほど当時のキリスト教的なものに置き換えられてはおりますが、これから詳述していきますように、これは本来かなりな程度真実に合っているのです。と申しますのも、アレクサンダーの遠征は単に侵略をするためになされたのではなく、あるいはアリストテレスの助言にそむいて異邦人をギリシア人と宥和させるためになされたわけでもないからです、そうではなくアレクサンダーの遠征は真の高い霊的な目的に貫かれていました、それは霊から発動されたのです。そして私たちがさらにラムプレヒト司祭、彼はつまりアレクサンダーの生きていた時代から十五世紀後に、非常に献身的に彼のやりかたでこのアレクサンダー遠征を描写したわけですが、彼の書物から私たちが読み取るのは、アレクサンダーはパラダイスの門まで行くけれども、パラダイスそのものには入らなかった、ということです、なぜなら、ラムプレヒト司祭の言うように、パラダイスに入ることができるのは真の謙譲[Demut]を有する人だけだからです。けれども前キリスト教時代におけるアレクサンダーはまだ真の謙譲を持つことはできませんでした、と申しますのも、キリスト教[Christentum]がはじめて真の謙譲を人類のなかにもたらすことができたからです。ともかくも、狭量な感覚ではなく、心広い感覚でこのようなことを把握するなら、キリスト教司祭ラムプレヒトが、アレクサンダー遠征の悲劇的なもののいくばくかを感じているようすが私たちに見えるのです。

 さて、このアレクサンダーリートの叙述によって私がただ皆さんの注意を喚起したかったのは、西洋の人類史における先行するものと後続のものを東洋に付加された状態で描写するために、まさにこのアレクサンダー遠征の例で始めても、驚く必要はないということです。と申しますのも、この場合感情として根底にあるものは、皆さんもご存じのように、中世の比較的後期に至るまで、単に普遍的な感情としてのみ存在していたのではなく、このアレクサンダーリート、皆さんに特徴をお話ししたふたつの魂を通じて起こったことを、実際真に、大いに劇的に描き出すこのアレクサンダーリートが生み出されるほどに、具体的に存在していたのです。まったくもってマケドニア史のこの時点は、一方においてはるかな過去を、他方においてはるかな未来を示唆しています。その際とりわけ考慮しなければならないのは、アリストテレスとアレクサンダーのもとにあったすべての上に、世界史上の悲劇が漂っている、ということです。この世界史上の悲劇はすでに外的に現われています。実際、特殊な関連によって、特殊な世界史上の運命の関連によって、アリストテレスの著作のほんのわずかな部分しかヨーロッパ西洋に伝わっておらず、その後教会によって保管されたということによって、その悲劇は露呈しているのです。実際それらは、論理学の著作と、論理学的なものをまとわされた著作のみでした。けれども今日なお、アリストテレスの自然科学的な著作に含まれているわずかなものに沈潜する人には、宇宙と人間との連関においてアリストテレスの洞察がいかになお強力なものであったかが見えるしょう。ここでひとつのことにだけ注意していただきたいと思います。

 私たちは今日、土状のエレメント(元素)、水状のエレメント、空気状のエレメント、火状のあるいは熱エレメントについて、そしてさらにほかのもの、エーテルについても話しますね。アリストテレスはどのように記述するでしょう?彼は地球を記述します、固体状地球(図参照、明色の核)、液体状地球、水(明るい赤)、空気(青)、全体は火に貫かれ火に取り巻かれている(深い赤)。けれどもアリストテレスにとって地球は月まで達しています。そして宇宙から、星々から、月へとーーつまりもはや地上領域のなかにではなく、月まで、ここまでなのですがーー、獣帯から、星々から、空間的ー宇宙的エーテル(外側の明色)が入り込んでくるのです。このエーテルは月まで下降してきます。

 学者たちは今日なおこのことを、アリストテレスについて書かれた書物のなかに読むことができます。けれどもアリストテレス自身が弟子のアレクサンダーに常に繰り返し言ったのは、こういうことでした。この地上的ー熱的なものの外側にあるあのエーテル、つまり光エーテル、化学エーテル、生命エーテルは、かつて地球と結びついていた。これらすべては地球まで達していた。ところが古い進化において月が退いたとき、そのときエーテルも地球から退いた。そしてーーアリストテレスは弟子のアレクサンダーにこう言ったのですーー、外的空間的に死んだ世界であるものは、このように地上で最初にエーテルに浸透されていないのだ。けれどもたとえば春が近づくと、元素霊たちは、生まれてくる存在たちーー植物、動物、人間ーーのために、月からエーテルを、月領域からまたこの存在たちのなかへともたらすのだ、それで月は形成するものなのだ、と。

 ヒベルニアにおいて一方の女性的な形姿の前に立つと、ひとはこれをまったく生き生きと感じました、エーテルは本来地球に属するものではなく、存在が生まれるのに必要な限り、年ごとに元素霊たちによって地上へともたらされるということを。

 アリストテレスにおいても人間と宇宙との連関についての深い洞察がありました。それについて扱われている著作を、弟子のテオフラストス(☆3)は西方にはもたらしませんでした。これらの書物のいくつかは、このような事柄への理解がまだあったオリエントへともどっていきました。そしてその後、北アフリカとスペインを経て、ユダヤ人とアラビア人を通じて、それはヨーロッパ西部へとやってきて、私がさらに述べていきたいと思いますしかたで、放射、つまりヒベルニアの秘儀からの文明放射とぶつかったのです。

 けれども、私が皆さんに今まで特徴づけてきましたものは、アリストテレスがアレクサンダーに与えた教えにとってはまったく出発点にすぎないものでした。これらはまったくもって内的体験に関わっていました。そして私が事態をいわばいくらかざっと素描してみますなら、次のように言わなければならないでしょう。アレクサンダーはアリストテレスを通じてよく知るようになった、外部宇宙(世界)に土、水、空気、火のエレメントとして生きているものは、人間の内部にも生きているということ、人間はこの関連で真にミクロコスモスだということ、人間のなかには、人間の骨のなかには土のエレメントが生きているということ、人間の血液循環と人間のなかで液体、生きた液体であるものすべてのなかには、水のエレメントが生きている、ということ、人間のなかでは空気エレメントが呼吸と呼吸刺激という状態で作用し、言葉のなかに作用しているということ、火のエレメントは思考のなかに生きている、ということを。アレクサンダーはまだ宇宙のエレメント(諸元素)のなかに自分が生きているのを知っていました。宇宙のエレメントのなかに生きている自分を感じることで、人はまだ地球との密接な親和性をも感じたのです。今日人間は、東へ、西へ、北へ、南へ、と旅行しますが、彼はそこでそもそも自分に押し寄せてくるすべてが何なのかを感じることはありません、彼は外的な感覚が知覚するものしか見ないからです、彼は地上的な物質は彼のなかで知覚するもののみを見て、エレメントが彼のなかで知覚するものを見ないからです。けれどもアリストテレスは、アレクサンダーに教えることができました。地上を東へ向かえば、あなたはますますいっそうあなたを乾燥させるエレメントのなかへと入っていくでしょう、あなたは乾いたもののなかに入っていくのです、と(図参照)。

 このことを、アジアへと向かうと、人はまったく干からびてしまう、などと想像なさってはいけません。これらが精妙な作用であることはもちろんです、これらの作用をアリストテレスの導きによってアレクサンダーが自らのうちに受け取ったのです。アレクサンダーはマケドニアで自らにこう言うことができました、私のなかにはある程度湿ったものがある、私が東へ向かうと、それは湿ったものを減少させる、と。このように彼は、地上を遍歴しながら地球の構成を感じたのです、ちょうどそうですね、ある人の体のどこかある部分を撫でていくと、鼻と目と口がどう違うのか感じられるように。描写されたこの人物はこのように、乾いたもののなかにますますいっそう入り込んでいくときに体験することと、もう一方へつまり西へ、湿ったもののなかに入り込んでいくときに体験することにはどういう違いがあるかを、なおも感じ取っていたのです。

 おおざっぱにではあっても、今日なお人々はまた別の違いを体験しています。北へ向かって人々は冷たさを南に向かっては熱、火的なものを体験しますね。けれども北西へと出かけていっても、あの湿ー冷の共演を人々はもはや感じないのです。アリストテレスはアレクサンダーのなかに、ギルガメッシュが西への道を辿ったときに体験したものを喚起しました。そしてその帰結として、弟子は直接的な内的体験において、今やまさに湿と冷の間の中間地帯で北西に向かって体験されるもの、つまり水を知覚することができるようになりました。それでアレクサンダーのような人間にとって、北西へと進軍する、と言わずに、水のエレメントが統治しているところへと進軍する、と言ったのは、まったくもって単に可能な言い方ではなく、非常に現実的な言い方だったわけです。湿と暖の間の中間地帯には、空気が統治しているエレメントがありました。古代ギリシアの大地の秘儀で教えられたこと、古えのサモトラケの秘儀(☆4)で教えられたこと、アリストテレスによって直弟子に教えられたことはそのようなことでした。そして、冷と乾の中間地帯、つまりマケドニアからシベリアへの方向では、地そのもの、地上的なものが統治していた地球領域が体験されました、地(土)のエレメント、固体的なものです。暖と乾の中間地帯、つまりインドに向かっては、火のエレメントが支配的であったあの地球領域が体験されました。それはこういう具合でした、アリストテレスの弟子は北西を指して、私はそこで水の霊たちが地上へと働きかけているのを感じる、と言ったのです。−−また彼は南西を指して、ここでは空気の霊たちを感じる、と言いました。−−彼は北東を指して、そしてそこで主として地(土)の霊たちが漂ってくるのを見ました。ーー彼は南東、インドの方向を指して、火の霊たちが漂ってくるのをあるいは火のエレメントのなかに見たのです。

 さて最後に私が、アレクサンダーのなかにこういう言い方が生じた、と申しましたら、皆さんも自然のものと道徳的なものに対するあの深い親和性をお感じになるでしょう、つまり、私は冷たく湿ったエレメントから火へと突入しなければならない、インドへの進軍を行なわなければならない!というアレクサンダーの言い方です。これは、道徳的なものと同様、自然のものにも結びついている言い方です、これについては明日さらにお話ししてきたいと思います。私は当時生きていたものがありありと見えるように皆さんをそのなかに導き入れたいと思いました。と申しますのも、当時アレクサンダーとアリストテレスの間で話されたことのなかに、皆さんは同時に世界史上の進化における激変そのものが反映しているのをごらんになるでしょうから。当時においてはなお、過ぎ去った時代の大秘儀について内輪の授業で語られることもありました。その後人類は論理的なもの、抽象的なもの、カテゴリーのみをいっそう取り入れ、そのほかのものは突き返すようになりました。したがって、このことをもって同時に私たちは、人類の世界史上の進化における途方もない激変を示唆するのです、オリエントとの関係におけるヨーロッパ文明の全経過のなかでもっとも重要な時点を。これについてはまた明日にいたしましょう。

 

□編註

☆1 ヒベルニアの秘儀:シュタイナーはすでにこの直前、1923年12月7、8、9日にこれについて詳しく述べている(『秘儀の形成』GA232 *邦訳『秘儀の歴史』西川隆範訳、国書刊行会)。両方の描写を比較すると、同じ事柄についてのふたつの両立しない説明なのかどうかという問題に通じる。『秘儀の形成』に記述されている経過ーー太陽像の作用による冬のイマジネーションの体験、月像の作用による夏のイマジネーションの体験ーーは、この12月27日の説明、つまり月像に直面して冬のイメージが、太陽像の前で夏のイメージが出現する、という説明によって解消されるように思われる。けれどもふたつの描写を厳密に比較すると、ふたつの異なる体験の局面があることがわかる。当面の講義では、ふたつの立像に直面しての体験で、入門者は立像を通して自らを太陽存在あるいは月存在として知るようになるのだが、それに対して12月8日の講義では、特定の像の前での体験、外から近づいてくる太陽及び月の宇宙作用を入門者に開示する体験の、徐々に生じてくる余韻を扱っている。ーー詳細は『ルドルフ・シュタイナー全集に寄せる論文集』Nr.69

☆2 『アレクサンダーリート』:フランケンの聖職者、司祭ラムプレヒトにより1125年頃に著わされた。ドイツ語の最初の世界的叙事詩。花のエピソードについては、母及びアリストテレス宛のアレクサンダーの手紙(5001ー5205節)を参照のこと。

☆3 テオフラストス:紀元前390ー305(*) アリストテレスの弟子、アリストテレスは彼をアテネのペリパトス学派の指導者として後継者に任命した。

(*紀元前372頃ー286頃とも)

☆4 ギリシアの大地の秘儀[…]サモトラケの秘儀:1923年12月4日と21日の講義参照のこと。『秘儀の形成』(GA232)所収。

(第4講・了)


 ■シュタイナー研究室に戻る

 ■神秘学遊戯団ホームページに戻る