ルドルフ・シュタイナー

人智学的共同体形成 (GA257)

第2講

シュトゥットガルト、1923年1月30日

佐々木義之 訳


 私がゲーテアヌム火災という悲痛なできごとやその他の人智学協会が抱える問題についてここでコメントしてから一週間が経ちました。今日は、純粋に人智学的なことがらについてお話しするつもりですが、協会の問題についてもいくつか導入的なお話をしておく必要があると考えています。私は昨日のミーティングには少なくともその後半部分に立ち会うことができましたが、それで分かったことは、先週私がお話したような協会の本質を含むようなことがらはいかに誤解されやすいか、ということです。今、これらの誤解を解いておいても早すぎるということはないでしょう。とはいえ、今夜のお話の導入部分は人智学的な人生の見方にも関係しており、したがって、聴衆の皆さんにとっても、多分、聞く価値があるということがお分かりになるはずです。

 私としては、協会における判断形成についての昨日の議論を続けてみたいと思っています。協会にかかわることがらについては、私が話すことがらとは全く無関係に、各構成員がそれぞれ独立した判断をすべきである、というような問題提起がなされました。そうですね、もちろんそれ以上正しいことはありません。けれども、この種の問題が提起されるときには、その独立したコメントがいかにそれ自体で正しいとしても、また、いかに私が原則としてはそれに全く同意しているとしても、議論全体の文脈を考慮する必要があるという事実について、私たちはよく考えてみる必要があります。あることがらが完全に正しいとしても、ある場合には必ずしも適合しないかも知れません。あらゆる真実はそれ自体正しいこととして提示され得ますが、それが持ち出される文脈によって色づけされ、最悪の場合、もっとも重大な誤解へと導きかねないのです。

 さて、私は、12月30日のドルナッハでの講義の中で、宗教改新運動と人智学協会の関係について議論しましたが、その講義との関連で、判断形成についての観点が表明されました。協会員は自分自身の判断をすべきであり、私の判断に影響されるべきではない、というコメントがありました。もちろん、そうあるべきです!けれども、そのアドバイスがなされたその仕方は、人智学を本当に把握することから来る心の状態とは深い意味で相容れないものでありましたし、今でも相容れないものなのです。と申しますのも、人智学的な世界観は、今日広まっているようなものの見方をそれと同様の方法で見出した別の見方で置き換えることに基づいているわけではないからです。人智学の全体像の中で明らかになるように、あらゆる種類のことがらを別様に考えるだけでは不十分であり、もっとはるかに重要なのは、これらの異なる考えを異なった仕方で考え、異なった魂の様態で感じる、ということです。人智学は、思考と感情が単にその内容において変化するのではなく、完全に変容することを求めます。

 これとの関連で、私の講義のほとんどを検証する傾向のある人は、私が今お話したことを厳密に守っている、ということを理解するはずです。つまり、物事が提示されるとき、提示されたことがらの判断は完全に聞き手の側の自由に任されているというような仕方で提示される、ということは人智学的な世界観の正に本質に属することであるということが分かるはずです。もし、皆さんが私の講義の大部分を、1922年12月30日の講義の中で扱われたような課題を扱ったものを含めて、読み直してみるならば、その主要な内容が単なる事実であること、超感覚的な領域のものであれ、感覚世界のものであれ、あるいは歴史的なものであれ、それが事実を提示しているということ、そして、それらが提示されるときには、その読み手が私からの影響を全く受けずにそれらについての結論をいつも自分自身で引き出せるような仕方で提示される、ということが分かるでしょう。実際、ドルナッハで開催された連続講義のひとつには「結論の基礎となる事実の提示」というような副題が付けられています。ですから、人々は何を考えるべきかを告げられている、という言い方が正当化されることはあり得ません。と申しますのも、私の講義からある人は何らかの結論を引き出し、別の人は全く別の結論を引き出すかも知れませんが、どちらも自分の結論をそのことがらに関する正しい観点であると考えるからです。それぞれが自分の立場から見て正しいと思うでしょう。何故なら、私は結果を前もって決定づけるつもりは全くなく、単に結論の基礎となり得る事実を提供しようとするだけだからです。私はそのことによって、私が提示する一連の事実が全く様々に解釈されるかも知れない、という危険に敢えて自分を曝しているのです。つまり、私の興味はただ事実を伝えるということにだけあり、そのことを検証しようとする人であれば誰であれ、私が判断を表明するのは、何かを訂正したり反駁したりする必要があるときだけである、ということが分かるでしょう。

 そうでなければならないのです。人智学に基づくような世界観はそれが属する時代の文脈についていつも意識的でなければなりません。今、私たちは意識魂が発達する時代に生きているのですが、そこで普遍的な重要性を持つのは、個々人が自分自身で結論を引き出す、そして、事実に偏見なく耳を傾けることによって十分に意識的な判断を下す能力を身につける、ということです。私の発表形式は人間が意識魂を発達させる局面に入ったという認識から来ています。既にお話しましたが、私の言葉から様々な結論を引き出すことができる理由はここにあります。私は事実を提示するとき、できるだけ明確に提示するように試みます。けれども、それは「そうすべきである」とか「そうすべきではない」とかの問題では決してありません。人智学は真実を伝えるために存在しているのであって、それを宣伝するためにではありません。これは、例えば、私が菜食主義に味方することを拒む場合などにしばしば強調されてきたことです。菜食主義の食事が人々にどのような影響を与えるか、そして、肉食の影響はどうか、というようなことを述べるとすれば、単に事実を提示するため、真実を知ってもらうためにそうするのです。意識魂の時代には、どんな場合でも、本当に事実に通じている人には、その人自身の自由な判断を形成するよう安んじて任されているのです。この点を本当に明確にしておくということが人智学的なものの見方にとって本質的なことです。

 ですから、私が1922年12月30日のドルナッハにおける講義の中で試みたのは、宗教改新運動のやり方でではなく、人智学協会のやり方で、それら二つのグループの間の関係とはどのようなものであるかを示すということでした。その場合にも、私は、単に事実を提示するという一般的な原則に従いました。ですから、その日の講義録を読めば、誰にでもそれが本当であることが分かるでしょう。どのように行動すべきかについては皆さんの自由な裁量に委ねられるべきことだったのです。そのことは講義が明確にしていますが、一週間前にも、ここで私はそのことについて、できるだけ明確に自分の立場を表明しました。

 誰かが人智学の本質について本当に責任ある主張をしようというのであれば、文脈の問題が考慮されなければなりません。厳密な意味で人智学に基づいた話に関しては、シュタイナーに影響されることなく自分の判断を下すべきである、というような意見を述べることは誰にもできないのです。と申しますのも、シュタイナーの話し方は、彼が何らかの公言されたことがらに反論し、あるいは、それを訂正しなければならないときを除き、聴衆に自分自身の判断を形成するように強いることさえするからです。つまり、聴衆には彼の判断を採用する可能性は全く与えられないのです。

 人智学的なことがらの全体像を把握するには、昨日ここで誰かが強調していたことよりも、このことを強調する方がはるかに役立ちます。そして、昨日話されたことの不適切さは、多くの誤解の種を元気づけることになりかねません。私がここでこのことを述べることがきわめて重要なのは、それが人智学的な原則の問題だからです。

 さらに考察すべきことがあります。独立した判断を行うに当たって、それが自分自身の判断であると確信しているだけでは不十分なのです。それを表明する前に、人はすべての直接関連する事実を考慮しているということに関しても同じように確信が持てなければなりません。誰でも自分自身の結論を引き出すことができます。問題は、その場合に、事実に関する十分な概観がそれを許し、あるいは、明らかに適合しない事実が捨象されたとき、正しい結論に至るかどうかということです。ですから、私が強調しなければならないのは―私はこれらの導入的な問題をどうしても持出さなければなりませんが、それは私がそれを望んでいるからでは全くありません―私の言葉がそれによって影響され、私の意見がそれによって形成されるように、ドルナッハにまで持ち込まれた宗教界新運動についてのあらゆる種類の報告について昨日話されたことは全くの間違いである、ということです。問題の講義はそのような報告とは全く無関係ですが、そのことは公平な心で注意深く検証する人には自ずと明らかになるでしょう。

 私の講義に関連して、第三の問題点が持ち出されました。つまり、ある派閥の意見には耳を傾け、別の派閥の意見には傾けない、というものです。私が間違っていなければ、ウォルドルフ学校の教師たちのケースが挙げられていましたが、それは私が定期的に彼らに会っているからのようです。けれども、講義が行われたときまでそのことについて一度も彼らと議論したことはなかった、というのが実際のところなのです。これもまた事実を無視してなされる判断の一例です。私がしばしばウォルドルフ学校の教師たちと会っているので、そのことについて何回も議論がなされたはずだ、と容易に考えられたのかも知れません。教育学的な問題では、当然のことながら、そのような会合がスケジュールに上ってきます。人智学的な噂話がそれに口出しする余地は全くありません。

 既に申し上げましたように、私はこれらのことをやむを得ず強調しているのですが、それは、それらが人智学的な仕事の本質に関係しており、私たちがその仕事を人智学協会の中で健全な基盤の上に少なくとも乗せようとしているところだからです。もちろん、私は、宗教改新運動の発足直後に、それに関する必要な情報のすべてを協会に提供するという仕事を適切な人物に託すことができ、私自身がそれを行う必要はありませんでした。そのことは、宗教改新運動の設立時における私の閉会の辞を聞いた人には明らかなことです。昨日お話したようなことを話すように強いられることで事実を伝える機会が中断させられるのは私にとっていつも本当に残念なことです。しかし、そういうわけですから、人智学運動に関するあらゆることがらがすべて私の魂に重荷となってのしかかり、正にそれらの誤解を解くために、そして、その誤解はその他のことがらほどひどく明確ではないので気づかれることはないのですが、何か本当に十分なことがなされない限り、私たちの人智学的な仕事が前進することはないのかも知れません。けれども、それは前進しなければなりません。そうでなければ、ゲーテアヌムをめぐる状況をそのままにしておかなければならなくなる、ということは明らかです。その仕事を再開することができるかどうかは、協会を強化し、正にその生き血を吸う誤解からそれを解き放てるかどうかにかかっています。

 その生き血が吸われるのは、例えば、意識魂が発達する時代に時代霊によって要求される意味で倫理について語ることの中に含まれる原則、つまり、私が「自由の哲学」の中で詳述した原則に注意が払われないときです。私がそれを書いた当時、私は、権威主義的な倫理を公然と批判したことで偏狭な陣営から確実に出されるはずの非難に自分を曝すことを心地よく思っていたわけではありませんでした。しかし、私が書き留めたあらゆる文章はどれも苦労して構成されたものであり、本の中でなされる議論によって、思考や感情の面においてさえ、読者の自由が奪われないように最大限の注意が払われているのです。ですから、私が指摘しなければならないのは、1922年12月30日になされたような講義についての疑問を持ち出し、人智学協会員によって引き出される結論に影響を与える、ということがいかに場違いなことであるかということです。他にもそのような疑問が出される機会が数多くあるかもしれません。けれども、先に言及した講演に関してそれを持ち出すならば、そして、私が協会内における活動の中でも決定的に重要な側面に関する課題について申し上げることによって人々の判断に影響を及ぼすのを避けるということが私の神聖な関心事であるという事実を無視してそうするならば、誤解を生むことになります。

 ですから、私は、私が申し上げることをそれが誰の判断にも影響を与えないような仕方で構成する、という私の意図をもう一度明確にさせていただきました。ですから、私の講義に出席する人に、判断の自由を保持するように、と警告する必要はないのです。

 さて、私のこれまでのコメントの精神に従って、精神科学的な判断はどのようになされるかについての考察に進みましょう。これからお話しようと思うのは精神科学的な真理を表現する判断についてです。

 精神的な真実を伝えるということがどれほど深刻な重荷であるかということについて人々がほとんど気づいていないのを観察する、ということは人に不思議な感情を抱かせることかも知れません。日常の感覚的な世界におけることがらについて判断を形成し、それを表明するためにしなければならないのは、ある時点における観察や論理づけを行う、ということだけです。観察や論理は、感覚から導かれた情報や歴史的な事実についての判断を形成するための全く十分な基盤となります。精神科学の領域においては、それだけでは不十分なのです。そこでは、ただ一度だけ何らかの特別な判断を形成することに関与する、というのでは十分ではありません。求められているのは全く違うことがら、ここで、判断における二重の再構成、とでも呼べるようなことがらなのです。これらの再構成には、通常、比較的長い時間がかかりますが、実際、その期間はかなり長いものになりがちです。誰かが、私の著書「より高次の世界の認識とその達成」や「神秘学概論」の後半部分にある記述から、皆さんがよくご存知の方法に基づいて、あれこれの判断を形成すると考えてみましょう。これらの手続きにしたがって、精神的な存在や経過についての何らかの結論に到達します。その時、人はこの結論を自分だけのものとして、表に出さないように強いられます。実際、人はそれを、当面受け入れも拒絶もしない単なる中立的な事実であると見なすようにさえ強いられるのです。そして、多分、何年か後に、この判断の最初の再構成がその人の魂生活の中で実施される地点へとやって来ます。そのとき、その人はそれを深化させ、多くの点で、それを変容させることさえあります。それが再構成された後でも、その判断の内容は同じであるかも知れませんが、それは別のニュアンス、多分、内的な関わり合い、あるいは、それに働きかけてきたことによる暖かみというニュアンスを帯びているかも知れません。いずれにしても、それは最初の再構成が生じる前とは、全く異なる仕方で魂生活の中に組み込まれているでしょう。そして、そのとき、人はその判断から、ある意味で引き離されてしまっている、という感情を持つでしょう。もし、最初の再構成を達成するのに何年もの月日がかかるとすれば、もちろん、人は心の中でいつもその判断をひっくり返してみているわけにはいきません。当然のことながら、その判断は無意識の中へと消え去ります。そして、それはそこで自分自身の生を、自我とは全く無関係に、展開することになります。それはその独立した生活を持たなければなりません。人はそれから離れ、それにそれ自身の生活を送るようにさせなければならないのです。こうして、その判断は、自我の要素が取り除かれた後、その人の中の客観的な能力によって検証されることになります。人が最初の観察を行い、論理的な結論を引き出すとき、間違いなく自我が係わってきます。けれども、ある判断が―多分、何年も経った後で―初めて再構成されるとき、人はそれが魂の奥底から現れ、自分を取り巻く世界のあらゆる他の事実と同じような仕方で自分に直面する、という明確な経験をします。それはその間ずっと視界から隠れていました。人は今やそれに再会し、それを再発見します。そして、それは次のように言っているかのようです。「最初、お前は私を不完全に、あるいはもっと言えば、間違って形成した、けれども今や、私は自分自身を訂正した」と。

 真の精神科学者が求めるのはそのような判断、人間の魂の中で自分自身の生活を展開するような種類の判断なのです。それを再構成するには多くの忍耐が必要ですが、それは、既に申し上げましたように、再構成の過程とは何年も要するようなものであり、精神科学が要求する良心とは、事物に喋らせている間は沈黙を守る、というようなものだからです。

 けれども今や、よろしいですか、親愛なる友人の皆さん、人はこのようにしてひとつの判断を再構成し、それが客観的な領域から現れてくるのを経験した後でも、その客観的な回復にもかかわらず、それが自分自身の中のどこかに場所を占めている、という強い感情を持ちます。ですから、人は、自分が黙している間に事物に語らせる責任があるという観点から、精神科学的なことがらに関するこの種の判断をまだ表明すべきではない、ということを感じることができます。こうして、人は、第二の再構成が生じるまで、再び待つことに、そして、恐らく、あと何年も待つことになります。その結果、人は第三の判断形態へと至りますが、そのとき、最初の判断形成からその最初の変容までの間に生じていた経過と、第一と第二の再構成の間に生じた経過の間には重要な相違がある、ということに気づくでしょう。人は、お話しした最初の期間においては、その判断を思い出すのは比較的容易であったけれども、次の期間においては、外的な世界から拾い集めた判断には決して降りていくことができないほどの深み、それほどの魂の深みへとその判断が降りていくため、それを呼び出すのはきわめて困難である、ということに気づきます。その種の再構成された判断は、魂の最も深いレベルにまで沈み込み、その第一の再構成から第二の再構成に至るまでの間、それを思い出すのはいかに大変な苦労を要することであるかが分かるのです。ここで私が判断と言うときには、精神科学的な特徴を有する事実を含む場合であって、その事実によってカバーされるすべての領域の概観を指しています。そして、人が判断の第三の形態に至るとき、その判断は探索中の事物や過程が属する領域にあったのだ、ということを知ることになります。それが最初に形成されてからその最初の再構成までの間、それはその人自身の存在の内部に留まっていました。しかし、二度目のそのような期間中には、それは客観的な精神的事実や存在の領域にまで沈み込んでいたのです。その第三の形態においては、事物や存在そのものがその判断を、その人が今や有する態度という形で、投げ返している、ということが分かります。今になってようやく、精神科学的な事実についてのこの見方あるいは判断を伝えるまでになった、と本当に感じるのです。それを他者に伝えることができるのは、この二重の再構成を達成し、そのことがらについての最初の観点がその真相につながる道を辿り、再び戻ってきた、という確信が持てるようになったときだけです。実際、超感覚的なことがらについての判断が正当な表現を見いだすべきであるならば、それはそれと密接に関係する事実や存在たちが暮らす領域へと送られなければなりません。

 基本的で重要な精神科学的な事実を提示するための正しいアプローチをする人であれば誰であれ、このことを理解するのが難しいとは思わないでしょう。もちろん、近代小説を読むように講義録を読む人は、本当に重要なことがら、真の証明はこの判断の二度にわたる再構成の中にあるということをそれが提示される仕方によって気づく、ということはないでしょう。そのとき彼は、そうは言っても、それは証明などではなく、単なる断定ではないか、と言うでしょう。しかし、精神的な事実についての証明とは、経験、すなわち、意識的に得られ、二重に再構成された判断に基づく経験なのです。精神的なことがらはそれらを経験することによってのみ証明され得るのです。けれども、それらを理解する、ということはその限りではありません。健全な心を持っている人であれば誰であれ、それらが十分に提示される限り、理解することができます。けれども、それが十分であるためには、その健全な心に対して、その提示の仕方自体が特定の結論が真実であることを確信させる、という程度に適切にアレンジされたすべての関連するデータが提供されていなければなりません。

 人々が私のところに来て、精神科学的な真実も感覚世界の中で観察された事実についての記述と同じように証明されてしかるべきである、と言うのは不思議な印象を与えることです。人がそのような要求をするということは、精神的なことがらについての知覚と物理的、あるいは歴史的なレベルの通常の経験との間の違いを知らない、ということを表しています。人智学に通じている人であれば、それが提示する個々の真実は人智学の全体像に適合しており、逆に、この全体像は彼らが聞くことになるさらなる個別の真実を支持する、ということに気づくでしょう。そのとき、これらのさらなる真実は過去に聞いたことがらを照らし出します。ですから、人智学にますます精通するということは、その真実を経験することにおいて絶えず成長するということです。数学的な記述の真実性は一瞬の内に見て取ることができますが、それはそれがそれだけ生命がないということです。人智学的な真実は生きています。瞬く間に確信に至ることはできません。それは生きており、成長し続けているのです。人智学への確信はちょうど人生を始めたばかりの赤ん坊に喩えられるでしょう。最初は不確かで、信じるという程度のものでしかありません。けれども、学べば学ぶほど、確信はますます確かなものになります。このように、人智学的な確信は成長するということ、それこそ、実際、それが内的に生きていることの証拠なのです。

 さらに、ここでは、人智学的な関心事について人が考えたり感じたりすることがらが、今日、その他の領域で人が考えたり感じたりすることがらとは異なるということだけではなく、別様に考えたり感じたりしなければならない、別の場所で通常行われるのとは異なるアプローチが取られなければならない、ということが分かります。このように異なるアプローチあるいは態度は人智学を理解するための基礎であり、様々な生や学びにおけるすべての領域を人智学的に実り多いものにするための基礎を形成するものです。

 この事実は運動に参加する科学者たちが特に明確に心しておくべきことでしょう。彼らは科学者として、外的な科学が追究する世界像とは異なる世界像を発達させることだけをその目標にすべきではありません。彼らの主な責任とは彼らが参入する様々な科学分野に人智学的な心の枠組みと内的な生命を結実させることである、ということも意識しているべきです。それによって、別の型の科学に論戦を挑むのではなく、それらの科学の中にあって人智学なしには発達せずに留まったはずの側面を発達させる方向で、それらが前進するのを助けることもできるでしょう。私たちの協会の危機に当たり、科学者たちのそこでの振る舞いが小さくはない程度にその原因となった危機に当たり、私はこのことを強調しなければなりません。

 私はここで、雑誌「Die Drei」が原子論について展開してきた戦いは、実り多い科学上のやりとりの正に死を意味している、ということを付け加えなければなりません。反対者たちと同じ思考方法に頼り、彼らの主張はある決定的な点において正しいのだということを理解し損なったまま、この論争は遂行されるべきではありません。重要なのは、もし、物理学を、ためにする議論なしに、あるがままに受け止めるならば、それは人智学的な観点を基礎づけるのに全く理想的な事実をもたらすのに適した正にあの科学の分野である、ということに気づくということだけです。「Die Drei」の中で展開された論戦の中で見られたように、人智学的なアプローチによって解き放たれていない論争は、不毛へと導くだけです。

 このことを強調するのには他にも理由があります。原則として、人智学の名前で行われることは、何も私の門前に置いてはいけない!ということを全く明確にしておきたいと思います。私は人々の自由を尊重します。しかし、有害なことがらが生じたとき、それらを取り上げることについて、私自身の判断を行使することが許されなければなりません。人智学的な関心事については、完全な独立が原則であって、ご都合主義であってはなりません。最も望ましくないのは、科学的な問題についての議論においてしばしば出会うような同志的な精神です。

 さて、親愛なる友人の皆さん、しばしば指摘してきましたように、私たちが人智学を提示するとき、私たちは、私たちが今生きているのは意識魂が発達している時代なのだ、ということをはっきりと感じていなければなりません。言い換えれば、今の人間の魂の状態にとって最も顕著な側面になっているのは理性的で知的な能力である、ということを感じていなければならないのです。古代ギリシャの哲学者、アナクサゴラスの時代からずっと、私たちはあらゆる判断を、外的な観察に基づく判断でさえ、私たちの理性を通して篩い分けしてきました。もし、皆さんが今日の理性的な科学、特にあらゆる科学の中で最も理性的な科学である数学について検証し、その他の科学によってもたらされる経験的なデータが理性主義的に働きかけられるのを考察するならば、私たちの時代の実際の思考内容とは何かについて、何らかの考えが形成されるでしょう。現代の学校においては最も幼い子供までそれに曝されているところのこの思考内容が出現したのは、人類進化におけるかなり特定の時点においてでした。私たちはそれを15世紀の3分の1が過ぎた時点であると特定することができますが、それは、この知性的なるものが、紛れもない姿で登場したのがそのときだったからです。それ以前の時代においては、人々は、科学的な課題に取り組んでいるときでさえ、どちらかといえば像の中で思考していました。そして、これらの像が、彼らが思考している事物に本来備わっている成長力を表現していました。彼らは、今日の私たちにとってあまりにも当然となっている抽象性の中で思考してはいませんでした。

 けれども、私の「自由の哲学」の中で述べられている純粋な思考へと私たちの魂を育てるのは、これらの抽象的な概念なのです。私たちは、正にそれらによって、自由な存在になることができます。抽象性の中で思考できるようになる以前には、人々は自らを律する自由な魂ではありませんでした。人が自由な存在へと発展することができるのは、「自由の哲学」の中で記述されているように、内的な人間を外部の影響から自由に保ち、純粋な思考の助けによって道徳衝動を支配するときだけです。純粋な思考とは、現実ではなく、像であり、像は私たちに対していかなる強制力をも行使しません。それらは私たちに私たち自身の行動を律するままにさせておくのです。

 こうして、人間は、一方では、抽象的な思考の段階へと進化し、他方では、自由へと進化しました。これはいくつかの別の角度からもしばしばここで議論されてきたことがらです。

 さて、地上での進化が人間に抽象的な思考の能力を付与し、それによって自由をもたらす前の人間をとりまく状況はどうであったかを考察してみましょう。それより前の時代に地上に受肉した人間性とは、抽象的な思考能力をもたない、というようなものでした。それは古代ギリシャにおいてもそうでしたが、それ以前の時代については言うまでもありません。当時生きていた人々は完全に像の中で思考しており、自由という内的な感覚をまだ付与されていませんでした。それが彼らのものになったのは純粋な(つまり、抽象的な)思考に対する能力を獲得したときです。抽象的な思考は私たちを冷めたままにします。けれども、抽象的な思考によって私たちに与えられる道徳への能力は私たちを強く暖めます。と申しますのも、それは人間の尊厳の正に頂点を表現するものだからです。

 自由を伴う抽象的な思考が人間に与えられる前の状況とはどのようなものだったのでしょうか?そうですね、皆さんご存じのように、人間が死の門を通過して肉体を脱ぎ捨てるとき、彼は死後数日間、まだそのエーテル体を保持し、最初の記憶にまで遡る彼の人生全体が壮大な像として、つまり、大まかで包括的で調和的なパノラマとして彼の眼前に広がっているのを見ます。この人生のタブローはその人の死後数日間に渡ってその眼前に現れます。

 親愛なる友人の皆さん、それは、今日においてはそうなっている、ということなのです。地上に生きる人々がまだ像の意識を有していた時代には、彼らの死直後の経験とは、今日の人間が有し、以前の時代に生きていた人々は、その生と死の間の時期には、有していなかったような理性的で論理的な世界観についての経験だったのです。

 これは、人間の本性を理解する上で非常に重要な助けとなる、ということが分かるような事実です。太古の人々やそれよりやや後の歴史的な時代の人々が死後になって初めて持った経験、つまり、抽象的な思考や自由への衝動の中で短く振り返ったこと、それはその後、彼らの死と再生の間の人生を通して、彼らの元に留まりました。しかし、そのような経験は、進化の過程を通して、彼らの地上における人生を通して有することになる経験となりました。このように、超感覚的な経験が地上的な経験へと押し進むというのは存在の大いなる秘密のひとつなのです。現在、地上の生活へと拡張している抽象性と自由への能力は、お話しましたように、以前の人間にとっては、振り返る、という形で死後になって初めて自分のものにすることができたようなものだったのです。一方、今日では、理性、知性、そして自由を有しているのは地上に生きる人間たちです。彼らは、そのような死後の代わりに、単なる像の意識の中で彼らの人生を振り返るようになっているのです。この種の成り行きの絶えざる移り変わりというようなものが生じるのは、超感覚的なものが感覚的な経験へと具体的に突き進むこと自体によってなのです。

 この例からも分かることは、いかに人智学は精神的なものの観察から得た事実を語るかということ、そして、いかに主観がその事実の取り扱いに色づけする可能性はないかということです。けれども、私たちがこれらの事実に到達するやいなや、私たちの感情にそれらが影響を及ぼさず、私たちの意志衝動にそれらが働きかけない、というようなことがあるでしょうか?一体、人智学について、それが単なる理論である、というようなことが言えるでしょうか?現代人は自由と抽象に支配されている、と言うだけなら、何と理論的に聞こえることでしょう!けれども、私たち現代人の地上的な経験において、私たちに自由と抽象に向かう能力を付与するものとは、私たちが死後に入っていくところの天上の世界からこの地上の私たちへとやって来るとはいえ、私たちがそこに入るために携えていくものとは正反対の向きに、私たちへと向かう道を進むような何かである、ということに私たちが気づくとき、そのような記述は何と豊かで芸術的な感情と宗教的な内容に満たされることでしょう!私たちは死の門を通って精神的な領域へと出ていきます。私たちの自由と抽象への能力は、神的な贈り物として、精神的なものによって地上の世界に与えられるものとして私たちのところにやって来ます。このことは、私たち人間とは何なのかということに対する感情を強めるとともに、私たちは精神的なものの担い手であるばかりではなく、その要素が由来する源泉でもあるのだ、という事実についての暖かな意識へと導いてくれます。私たちは、以前の人々がその向こうに横たわるものを経験したのは、今やここ地上に生きる人々の現代的な経験へと移行した方法によってである、ということを意識しながら死を眺めます。

 こうしてこの天界の要素、すなわち知性と自由が、地上的な能力として現れたという事実によって、以前とは異なる仕方で神性を見上げる必要が生じました。ゴルゴダの秘蹟がこのような新しい仕方で見上げることを可能にしたのです。人間は、キリストが地上に生きることになったという事実によって、そうでなければ彼を尊大さやそれに似たような態度へと誘惑したであろう天界に発する要素を神聖化することができるようになりました。私たちは、私たちが、私たちの最も崇高な現代的能力、すなわち自由と純粋概念に対する能力はキリスト衝動によって浸透されなければならない、ということに気づくことを求めている時代に生きているのです。キリスト教はまだ究極的な完成には至っていませんが、人類の様々な進化衝動はキリスト衝動で飽和されなければならないという正にその理由により、それはすばらしいことなのです。人は純粋な思考をキリストと共に思考し、自由をキリストと共に達成しなければなりません。それは、もし、そうしなければ、超感覚的な世界が彼に与えるものを正しく知覚することを彼に可能にするところのその世界との関係を彼が持つことはないからです。我々現代人を調べてみるならば、超感覚的なものは死の門を通って地上の生活へと入ってくる、しかし、私たちが死に際して引き受けるものとは正反対の方向から入ってくる、ということが分かります。私たち人間は一方向に進みます。世界は反対方向に進みます。キリストが降臨したことによって、精神的な太陽が精神の高みから地球の領域へと入ってきました。それは、超感覚的な世界から感覚の世界へとその歩みを進めてきたところの人間的な要素が同じ道を辿ってきた宇宙的な要素と合流し、それによって人間が宇宙の精神へと続く道を見いだすためなのです。彼は彼の内なる精神が外なる精神を見いだすときにのみ、自分を正しく方向づけることができます。今日、地上に生きている人々が、古い人類が死を越えた世界に生きているのを見いだしたところの精神を正しく把握できるのは、受肉した人間たちの経験の中に入り込むために理性や知性や自由が進み出て来た世界と同じ世界から地上に降りてきたキリストによって照らし出されるときだけなのです。

 ですから、人智学については、いずれにしても科学的なレベルで始まり、その概念を生き生きとさせるために芸術を呼び出し、宗教的な深化で終わる、と言うことができるでしょう。それは、人の魂がいつも精神の中に、つまりその真の故郷の中にあると感じることができるように、頭が把握できることで始まり、言葉で表現できるあらゆる生命や色合いを帯び、心に染み通る熱、心を平穏にさせる熱で終わります。私たちが学ばなければならないのは、人智学的な道においては、知識から始め、私たちを芸術のレベルにまで引き上げ、宗教的な感情の暖かみの中で終わる、ということです。

 現在という時代はこのようにして物事を行うことを拒絶します。人智学が敵を有しているのはそのためです。これらの敵には奇妙な特質があります。今日はこのように深刻な問題について語ってきましたので、あまり深刻な調子で終わりたくないのですが、これらの問題は一般に考えられているよりもかなり深刻なものなのです。けれでも、私たちは、真に人智学的な努力の深刻さと多くの一般の人たちがそれについて持つ興味本位の考えとの間には、いかに対照的な違いがあるかをよく考えてみるべきです。それらの中には全くグロテスクなものから、私たちがそれらに対して守りを固める必要があるという事実がなかったとしたら単に滑稽なものとして片づけられるものまであります。外的な世界については、誰でもどのように考えるのも自由ですから、ときとして私自身照明をそれに当てる必要があるということも理解できます。ですから、今日の深刻な議論を、あまり深刻に受け取られないような話で締めくくりたいと思います。

 少し前に、私たちの友人ヴァフスムート博士がドルナッハの私のところに不作法なパンフレットを持って来られたのですが、それは人智学を攻撃するだけでなく、私や私に近い人々を特別な標的としたものでした。彼は、その時、そのように特別に粗野なでっち上げの作品を私が読むことを想像しただけで侮辱であり、その本を私の元に残さないようにします、と言いました。私はその本を見ることもなく、ヴァフスムート博士はそれを持ち帰り、私はそれ以上それについて考えませんでした。

 昨日、私はシュタイナー博士夫人、ラインハス氏とともにフライブルクを旅していました。私たちはレストランのテーブルについて休憩を取っていました。近くのテーブルには二人の男性がいました。その内の一人は一杯に詰まったカバンを、もう一人もそうしたものを持っていました。私たちは彼らにさしたる注意を払わず、私たちが出発する少し前に彼らは出ていきました。彼らが出発した後、給仕が一冊の本を持って来て、それらの紳士の内の一人がそれを私に渡すように頼んだのだと言いました。ラインハス氏が彼らは誰だったのかと訊ねると、その内の一人はヴェルナー・フォン・デア・シュレンブルクであったと告げられました。本の見返しには、「著者謹呈」という言葉がありました。

 親愛なる友人の皆さん、何が起こったかお分かりですね。多分、このことから、皆さんは、今日、敵意を誇示しながら闊歩する輩の間には、いかに如才のない思いつきが―その他の特質は言うに及ばず―存在しているかということについて、何らかの考えを持つことができるでしょう。

 最近、私は、私の敵たちに多くの注意を向けることは全く不可能である、と思うようになりました。最近の私の行動を見てきた人たちであれば誰であれ、私が新しい真実を、古い真実につけ加えるために、提示することにいかに忙殺されてきたかがお分かりと思います。それには時間がかかり、攻撃がどんなに野蛮になってきても、誰もそれに関わって無駄にする時間の余裕はありません。

 今日は、皆さんに、人智学的な真実に到達するに当たっては、どれほど多くのことがらが関係してくるかをお話ししました。もし、協会がこのことを完全に意識するようになるならば、現在のその再編にとって必要ないくらかの力を見いだすことでしょう。親愛なる友人の皆さん、それは決定的に必要なことなのです。どうか、今日、私がこのテーマについてくどくどとお話ししてきたことを悪く取らないようにお願いします。


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